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2025.11.05 Wed

理想から現実へ。ドイツ「エネルギー転換」政策、失敗回避への軌道修正 海外の事例

 
解説します。
 
ドイツのエネルギー政策に関する気になる記事があったので調べてみました。再エネ先進国として知られるドイツが、その象徴的な「エネルギー転換(Energiewende)」政策を大幅に修正するとの発表です。すでに電力消費の54.9%(2024年)を再エネで賄う成果を出しながら、なぜ今、軌道修正が必要なのでしょうか?
背景には、高騰するエネルギーコストによる製造業の競争力低下という深刻な問題があります。新政権は「このままでは失敗する」とし、理想を追い求めた従来の政策から、電力の安定供給とコスト効率を重視する「現実路線」へと舵を切りました。具体的に何が変わり、産業界や再エネ業界はどう反応しているのか。海外の電力事情として非常に興味深い、ドイツの最新動向を詳しく解説します。
 


 
目次
1.ドイツの「エネルギー転換」が直面する岐路
2.新政権が打ち出す「費用効率」重視の3つの政策
3.野心的すぎた?前政権の再エネ・水素目標の見直し
4.産業界は「歓迎」、再エネ業界は「反発」
5.経済界からはEUのCO2排出権制度(EU-ETS)への緩和要求も
6.再エネ先進国が示す「理想と現実」のバランス
 


 
1. ドイツの「エネルギー転換」が直面する岐路
ドイツ連邦経済エネルギー省(BMWE)のカテリーナ・ライヒェ大臣は9月15日、「ドイツのエネルギー転換は、成功するか失敗するかの分かれ道にさしかかっている」と述べ、エネルギー政策の修正を発表しました。
ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、2024年の電力消費量に占める再エネ比率は54.9%に達しており、政策は一定の成果を上げています。
しかし、ライヒェ大臣は「政策の中心を電力の安定供給と、費用効率性の改善に移さなくてはならない」と主張。目標達成の「理想」よりも、それを支える「現実的なコスト」を重視する姿勢を鮮明にしました。
 
ただし、以下の2つの大きな目標は維持されます。
・2030年まで:電力消費に占める再エネ比率を80%に引き上げる
・2045年まで:気候中立(CO2排出実質ゼロ)を達成する
 
2. 新政権が打ち出す「費用効率」重視の3つの政策
エネルギー転換にかかる「電力システム費用」(発電、送配電、蓄電池などの建設・維持費)の増大を抑えるため、以下の3つの具体的な施策が打ち出されました。
① 住宅用太陽光発電(PV)の助成金廃止 現在ブームが起きている住宅屋根用のPVについて、固定価格買取制度(FIT)による助成金が廃止されます。
② 発電設備と送電系統の建設を「同期」させる これまでは再エネ発電所と送電網の建設が別々に行われ、ミスマッチによるコスト増が発生していました。今後は、系統建設が困難で費用がかかる地域に発電所を建設する場合、事業者に系統建設費用の一部負担を求めます。これにより、系統コストが少ない地域への設置を促します。
③ 高圧送電線は「地上設置」を原則に 住民の反対などから原則「地中埋設」とされてきた高圧送電線を、コストの安い「地上設置」を原則とすることで、建設費用を大幅に抑える方針です。
 
3. 野心的すぎた?前政権の再エネ・水素目標の見直し
今回の政策転換は、2025年まで続いた緑の党が主導した前政権の方針とは大きく異なります。前政権はロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシア産化石燃料への依存脱却のため、再エネ目標を大幅に引き上げていました。
 
<前政権の野心的な設備容量目標>

  2024年実績 2030年目標 2040年目標
太陽光(PV) 100 GW 215 GW 400 GW
陸上風力 64 GW 115 GW 160 GW
洋上風力 9 GW 30 GW

ライヒェ大臣は、これらの目標について「PVは達成可能だが、陸上・洋上風力は達成できない」と指摘。特に洋上風力はコスト高騰で建設が遅れ、直近の入札には1社も参加しなかったといいます。
さらに、前政権が2030年の電力需要量を750TWhと予測していたのに対し、新政権は600TWh~700TWhへと下方修正。非現実的な水素生産目標(10GW)も含め、全体的に「現実的な観点から」目標を見直す方針です。
 
4. 産業界は「歓迎」、再エネ業界は「反発」
この現実路線への転換は、ドイツ国内で賛否両論を巻き起こしています。
 
【歓迎する産業界】 ドイツ産業連盟(BDI)や化学工業会(VCI)は、「費用効率性を改善する重要な改革だ」と高く評価しています。
その背景にあるのが、高騰する産業用電力価格です。IEAの2022年のデータによると、ドイツの価格($205/MWh)は、米国($84/MWh)や中国($62/MWh)を大きく上回っています。これにより製造業の国際競争力が低下し、工場を電力の安い中東欧へ移す「産業の空洞化」が懸念されていました。
 
【反発する再エネ業界】 一方、ドイツ太陽光発電連合会(BSW)は「エネルギー転換にブレーキをかける」として、特に住宅用PVへの助成廃止の撤回を求めており、今後、連立与党内での激しい議論が予想されます。
 
5. 経済界からはEUのCO2排出権制度(EU-ETS)への緩和要求も
コスト負担への懸念は、EUの気候変動対策の根幹である「CO2排出権取引制度(EU-ETS)」にも向けられています。
EUは2030年代に企業へのCO2排出権の無償供与を停止する計画です。これに対し、ティッセンクルップ(鉄鋼)やBASF(化学)などの大手メーカーは、「エネルギー価格高騰の中でCO2排出権の価格も上がれば、脱炭素化への投資資金が確保できなくなる」として、無償供与期間の延長を要請。ある化学分野の企業の社長に至っては「制度の廃止」を訴える事態となっています。
 
6. 再エネ先進国が示す「理想と現実」のバランス
2023年(-0.9%)、2024年(-0.5%)と2年連続のマイナス成長に苦しむドイツは、世界で最も真剣に再エネ拡大とCO2削減に取り組んできた国の一つです。
しかし、その先進国がいま直面しているのは、「環境保護」という理想と、「産業競争力(=経済)」という現実の間に生じた深刻な歪みです。
今回の政策修正は、エネルギー転換を諦めるものではなく、あくまで「持続可能」な形で継続するために、経済的な現実を直視した軌道修正と言えます。理想を追求するあまり経済が立ち行かなくなっては元も子もありません。
日本の私たちにとっても、エネルギー転換を進める上でコストと安定供給のバランスをどう取るべきか、非常に重要な示唆を与えてくれるニュースです。
 
まとめ
再エネ先進国ドイツが、エネルギー転換政策の「現実路線」への修正を迫られています。2024年には再エネ比率54.9%を達成した一方、高騰する電力システム費用が製造業の国際競争力を著しく低下させていました。
新政権は「このままでは失敗する」とし、2030年再エネ80%や2045年気候中立の目標は維持しつつも、住宅用PV助成金の廃止や、非効率な場所への再エネ設置抑制、送電網建設のコストダウンなど「費用効率性」を最優先する政策に転換します。
産業界はこの現実路線を歓迎する一方、再エネ業界は「転換のブレーキだ」と反発しています。理想の追求と経済的現実のバランスに苦しむドイツの事例は、日本のエネルギー政策を考える上でも大きな教訓となりそうです。
 


 
情熱電力からのお知らせ
ドイツの事例が示すように、エネルギー政策は「理想」と「現実(コスト)」のバランスが極めて重要です。特に製造業など多くの電力を消費する企業にとって、電力コストの変動は経営に直結します。
情熱電力は、単に電力を供給するだけでなく、お客様の電力使用状況を分析し、電力コストの最適化と安定供給をサポートします。
 
海外の動向を注視しつつ、国内での電力コストや安定供給、脱炭素化に関するお悩みをお持ちの企業様は、ぜひ一度、情熱電力にご相談ください。
 
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BDEW (Bundesverband der Energie- und Wasserwirtschaft e.V.)
┗ ドイツのエネルギー・水道事業を代表する業界団体。記事内で引用された2024年の再エネ比率など、ドイツのエネルギーに関する多くの公式データを公表しています。