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2026.09.08 Tue

酒屋から物流企業へ|カクヤス改め「ひとまいる」に学ぶ、既存インフラ活用の事業転換術

 
酒屋から物流企業へ|カクヤス改め「ひとまいる」
 
以前も記事を書かせていただいた『カクヤス』さんのビジネスモデルについて
過去記事:「酒だけじゃないカクヤス」捨てる油が航空燃料に?!新サービスで販路拡大へ
 
 
今回は、日本経済新聞に「『カクヤス』酒屋から物流企業へ 冷蔵庫増やし肉も配達、酒離れに先手」という記事があったので調べてみました。
 
「なんでも酒やカクヤス」でおなじみだったあの会社が、2025年7月に社名を「ひとまいる」へ変更し、いま本気で“物流企業”になろうとしている——そんな内容です。
 
読み進めてハッとしたのは、これが「本業が苦しいから仕方なく」の話ではないという点でした。同社が武器にしたのは、長年かけて築いてきた250カ所の配送拠点という既存インフラ。そこに残っていた「配送余力3割」を他社の荷物で埋め、酒だけでなく肉や野菜まで運び始めています。
 
経営環境が変わるのは、どの業界でも同じです。市場が縮み始めたとき、慌てて新規事業に飛びつくのか、それとも自社がすでに持っている資産を棚卸しして活かすのか。この差は大きいと感じました。
 
今回は、ひとまいるの事業転換を「数字」と「打ち手」で分解しながら、私たち中小企業が明日から使える視点を整理してみます。設備投資と電力コストの話にも、最後に少しだけ触れますね。
 


 
目次

 


 

1. カクヤスが「ひとまいる」になった理由

 
「なんでも酒やカクヤス」というピンクの看板、首都圏にお住まいだった方なら一度は見かけたことがあるのではないでしょうか。
 
その運営会社が2025年7月、社名を「ひとまいる」に変更しました。理由はシンプルで、酒類の販売にとどまらない将来の事業変革を見据えたから。社名から「酒」の匂いを消したのかもしれません。
 
きっかけは、経営陣が肌で感じた「酒離れ」でした。前垣内洋行社長は「コロナ禍で2次会に行かなくなる人が増え、さらなる酒離れを実感した」と語っています。
 
ここで注目したいのは、社名変更が“結果”ではなく“宣言”だったという点です。まだ主力は酒類販売。それでも先に看板を掛け替えることで、社内外に「うちはこっちへ行く」と示した。事業転換において、この順番はけっこう大事な気がします。
 


 

2. 数字で見る事業転換|縮む酒類市場と伸びる配送

 酒税収入は30年で約半分に

 
同社が危機感を持つ背景には、国内酒類市場の縮小があります。
 
国税庁のデータによると、国の酒税収入は1994年度をピークに減少が続いており、ピーク時の約2.1兆円に対し、2024年度は約1.2兆円程度とされています。約30年で、およそ半分近くまで縮んだ計算です。
 
これは一企業の努力でどうにかなる話ではありません。人口減少、健康志向、飲み会文化の変化——構造的な要因が重なっています。市場そのものが縮むとき、シェアを取りに行っても分母が減っていく。この認識が、転換のスタート地点になっています。
 
 

 業績はコロナ後に回復、でも中身が変わった

一方で、同社の業績自体は回復傾向にあります。
 

項目 数値
2026年3月期 連結売上高 1,398億円(前期比4%増)
チェーン飲食店向け売上 コロナ前の7割程度にとどまる
2028年3月期 売上高目標 1,700億円
うち食材販売の見込み 190億円
配送拠点数 約250カ所
配送人員数 約2,400人(2020年比 約3割増)

(出典:日本経済新聞の報道、国税庁公表データ)
 
売上は伸びていても、チェーン飲食店向けはコロナ前の7割程度。つまり「戻らないもの」がはっきりしたわけです。そのうえで、2028年3月期の目標1,700億円のうち190億円を食材販売で稼ぐ計画を立てています。約1割強を、これまでとは違う商材でつくる。かなり具体的な数字目標ですよね。
 


 

3. 「配送余力3割」を売る発想|遊休資産の収益化

 
ここが今回いちばん面白かったところです。
 
同社は旧カクヤス時代から、店舗を拠点とするきめ細かな配送網を強みにしてきました。無料配達を始めたのは1998年。当初は一般家庭向けを想定していたものの採算が合わず苦戦し、当時の社員の発案で飲食店向けに広げたところ、「注文したらすぐ届く」利便性が支持されて拡大したそうです。
 
ドミナント戦略で店舗と小型出荷倉庫を増やし、配送拠点は約250カ所に。東京・歌舞伎町などの繁華街では、800メートル圏内に1拠点という密度を持っています。
 
そしてこの既存拠点には、現在配送余力が3割ほどあるといいます。
 
すでに払っているコスト(拠点・車両・人員)の中に、使われていない3割がある。ここに他社の荷物を載せれば、限界利益はそのまま乗ってきます。新しく倉庫を建てるのとは、投資効率がまるで違いますよね。
 
 

 3温度帯対応でコールドチェーンへ

余力を売るために必要だったのが、設備の増強でした。
 
同社は東京都大田区の「平和島センター」を2025年に増床。商品の表面を微凍結させるパーシャル・冷蔵・冷凍の3温度帯に対応する体制を整えました。これにより、肉や野菜といった生鮮食料品を含む他社商品を扱えるようになり、自社が販売する酒と一緒に配送できるようになっています。
 
酒だけなら常温でよかったものが、生鮮を扱う瞬間に「冷やし続けるインフラ」が必要になる。ここは投資判断としてもコスト管理としても、重い決断だったはずです。
 
 

 他社の荷物を有償で運ぶという転換

実例として記事に登場するのが、外食チェーン「焼肉トラジ」です。
 
従来は、ひとまいるで購入された酒や飲料を無料で届ける取引だけでした。ところが7月からは、平和島センターを経由してトラジのセントラルキッチンと店舗間の配送業務を有償で受託しています。午前7時過ぎ、ピッキングされた牛肉が店別に仕分けされ、トラックで都心へ出発する——という光景です。
 
「無料の付帯サービス」だった配送が、「有償の主力商品」に変わった。同社は「有償配送でまずは従来の店頭販売と同規模の売り上げを目指す」としています。
 
ターゲットは、人手不足で配送料の高騰に悩む飲食店など。さらに今後は、肉などを扱う食材卸へのM&Aも検討しているほか、7月には一般企業向けの専門営業部隊を新設し、野外フェスや企業イベントへの食材・酒類配送も狙うとしています。
 


 

4. 人手不足への打ち手|「運びやすく」して採用の門を広げる

 
物流業界の共通課題といえば、人手の確保です。ここでの打ち手も、なかなか示唆に富んでいます。
 
荷物を軽くした:コロナ禍後、従来の半分にあたる10リットルのビールだるの展開を開始。女性や高齢者でも運びやすくなり、配送現場の女性比率は約半分に。取引先の飲食店からも「たるが扱いやすくなった」との声が上がっているそうです
 
免許のハードルを下げた:軽バンやリヤカー型の自転車での配送なら、大型自動車の免許がなくても応募可能。免許の取得支援制度も設けています
 
待遇で正面から勝負した:全国3,400校の高校に求人を出し、約1,300校には個別訪問。社員寮の完備や専任サポートスタッフの配備を打ち出し、高卒の配達正社員の初任給は免許の有無にかかわらず2024年入社から29万円に引き上げ
 
結果、配送を担う人員は約2,400人と、2020年比で約3割増えました。
 
注目したいのは、「人が集まらない」を採用活動だけの問題にしていないことです。荷物を軽くする=業務設計を変えることで、応募できる人の母集団そのものを広げている。求人票を書き直す前に、仕事の中身を見直す。この順番、多くの中小企業にも当てはまるのではないでしょうか。
 


 

5. DXで在庫と配送を最適化|欠品が約4割減った話

 
扱う商材と配送先が増えれば、当然オペレーションは複雑になります。
 
「よりきめ細やかな在庫管理と、配送の最適化が今後の重要な課題になる」——DXを担当する最高デジタル責任者の飯沼勇生取締役の言葉です。配送ルートも賞味期限管理も、これまでの比ではなくなります。
 
そこで同社は、データエンジニアを5人ほど中途採用し、2024年10月にデータ分析チームを立ち上げました。2025年に飲食店向けの大型倉庫で商品の自動発注システムをテスト稼働させ、2026年4月から本格稼働。その効果が次のとおりです。
 
・欠品が約4割減
・在庫の総量が約8%減
 
今後は小型の倉庫や店舗への導入も目指すとしています。加えて、AIによる配送ルート作成の導入も予定しており、事故リスクの低減と効率向上を狙うとのことです。
 
「欠品が減った」と「在庫が減った」が同時に起きているのがポイントですね。通常このふたつはトレードオフになりがちで、欠品を防ごうとすれば在庫は膨らみます。それを両立させるのがデータ活用の本領、というわけです。
 


 

6. 中小企業が持ち帰れる3つの視点

 
大企業の話として読み流すには惜しい事例なので、規模を問わず使える視点に整理してみます。
 
① 自社の「余力」を棚卸しする
配送余力3割。これは同社が数字で把握していたからこそ、商品化できました。使っていないスペース、動いていない時間帯、空いている車両、手が空く曜日——「すでに払っているのに稼いでいないコスト」は、意外とどの会社にもあります。まずは可視化からです。
 
② 撤退ではなく「載せ替え」で考える
主力市場が縮むとき、選択肢は撤退だけではありません。同社は酒類販売をやめていません。同じ配送網に、別の商材を載せただけです。インフラは残して、その上を流れるものを変える。この発想なら、既存事業の従業員も設備も活かせます。
 
③ 新しい設備には、新しいランニングコストがつく
ここは電力会社として、ヒトコトだけ。
 
冷蔵・冷凍・パーシャルの3温度帯対応というのは、裏を返せば「24時間365日、電気で冷やし続ける」ということです。コールドチェーンを支えているのは、まぎれもなく電力です。
 
設備投資の稟議では機器の購入費が主役になりがちですが、その後10年払い続けるのは電気代のほう。冷凍設備、大型冷蔵庫、EV充電設備などを新たに導入する際は、契約電力や料金プランが新しい使い方に合っているかをセットで確認しておくと、あとから効いてきます。稼働時間帯が変われば、最適なプランも変わりますからね。
 
事業を変えるときは、エネルギーの使い方も一緒に変わる。ここを見落とさないだけで、収益性はけっこう変わってきます。
 


 
まとめ
酒類販売大手のカクヤスが「ひとまいる」へ社名を変え、物流企業への転換を進めています。背景にあるのは、1994年度をピークに減り続ける酒税収入に象徴される、構造的な酒類市場の縮小でした。
 
同社が選んだのは、新天地への飛び込みではなく、手持ちの資産の再定義です。約250カ所の配送拠点、そこに眠っていた3割の配送余力、そして「注文したらすぐ届く」というノウハウ。これらに3温度帯対応という設備投資を足すことで、他社の生鮮品まで有償で運べる事業へと組み替えました。2028年3月期には売上高1,700億円のうち190億円を食材販売で見込むという、具体的な絵も描いています。
 
さらに、ビールだるの軽量化で採用の母集団を広げ、データ活用で欠品を約4割削減。「余力を売る」「載せ替えで考える」「新設備のランニングコストまで見る」——この3点は、規模を問わず応用できる考え方ではないでしょうか。
 
市場が縮み始めてから動くのでは遅い。先手を打つとはこういうことか、と学ばされる事例でした。
 


 
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この記事に関連するページリンク
・日本経済新聞:「カクヤス」酒屋から物流企業へ
 ┗ 今回の元記事です。ひとまいるの事業転換の全容と、飯沼勇生CDOなど経営陣のコメントが確認できます。
 
・国税庁:酒税課税状況表
 ┗ ページにあるExcelデータから酒税収入の推移や酒類の課税移出数量など、市場縮小のデータが確認できます。
 
・国土交通省 東北運輸局:物流の「2024年問題」とは
 ┗ トラックドライバーの時間外労働上限規制と、物流効率化に関する国の施策が確認できます。