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2026.08.11 Tue

AIデータセンターと半導体が奪い合う「水」 熊本の地下水涵養に学ぶ共存のかたち

 
熊本の地下水涵養に学ぶ共存のかたち
 
複数の気になる記事を見つけたので、まとめて調べてみました。日本経済新聞の「AIデータセンター拡大の副作用、世界で水争奪戦 問われる共存」と、「ソニーG、熊本で『地下水増やす』 TSMCも追随する半導体と水戦略」の2本です。
AIやデータセンターの話題というと、どうしても「電力をどれだけ使うのか」に関心が集まりがちですよね。私たち電力会社も、そこばかり見てしまいます。でも、この2本の記事を並べて読んで、はっとしました。AIも半導体も、電気と同じくらい「水」を必要とする産業なのです。
そして世界では、その水をめぐって静かな争奪戦が始まりつつある。一方で日本の熊本には、20年以上前から「使った分より多く水を地下に還す」ことを続けてきた企業がありました。
これは遠い国の話ではなく、日本のものづくりと、私たちの暮らしの土台の話です。今回はこの「電気の次に来る資源問題」を、一緒に見ていきましょう。
 


 
目次

 


 

1. AIの裏側で始まっている「水の争奪戦」

 
ChatGPTをはじめとする生成AIを、もう日常的に使っているという方も多いと思います。あの回答が返ってくる裏側では、世界中のデータセンターで大量のサーバーが動いています。
 
そのデータセンターが、いま猛烈な勢いで水を飲み込んでいます。
 
日本経済新聞の報道によると、国際エネルギー機関(IEA)は、データセンターを運営するために世界で年間およそ5600億リットルの水が使われており、2030年には約1兆2000億リットルに増えると予測しています。東京都の家庭で使われる水は1人あたり年間およそ8万リットルとされますから、計算上、世界のデータセンターはすでに東京都民約700万人分の水を使っている計算になります。そして2030年には、東京都民全体を上回る量になる見込みです。
 
「電気を食う」だけでなく「水も飲む」。これがAI時代のインフラの姿なんですね。
 
 

データセンターは何に水を使っているのか

 
用途は大きく2つあります。
 
・冷却用の水:サーバーは動けば動くほど発熱します。とくにAI処理を担うサーバーは発熱量が大きく、空冷より熱伝導が効率的とされる水冷式を採用するデータセンターが急増しています
・発電にともなう水:電気をつくる過程でも水は使われます。とくに再生可能エネルギーへのシフトが水力発電の利用拡大につながっている面もあります
 
IEAは、データセンターでの水消費量の3分の2はエネルギー(発電)を通じて、4分の1は直接の冷却用に使われているとみています(日本経済新聞の報道による)。
 
ここ、少し立ち止まって考えたいところです。「CO2排出が問題だから再エネへ」という流れ自体は正しいのですが、その先で水という別の資源に負荷が移っている側面もある。環境対策は、どこか一点だけを見ていると全体を見誤るということですね。
 
 

世界のデータセンターの4割が「水が足りない場所」に

 
問題をややこしくしているのが、立地です。
 
電力消費量で見ると、データセンターの45%は米国、25%は中国、15%は欧州が占めるとされます。ところが、これらが水の豊かな場所に建っているとは限りません。世界のデータセンターの4割が、水の需給が逼迫している地域にあるという試算もあります。
 
実際に動きも出ています。
 
・アイルランドでは、首都ダブリンやその近郊でデータセンターの新設が実質的にモラトリアム(一時停止)となりました。同国のデータセンターの電力消費量が総発電量の21%に達し、さらに夏場の水道水量の逼迫に住民の不満が高まったためとされています
・EUは世界トップ級のAIハブを目指してデータセンター容量の大幅増を掲げる一方、スペインやギリシャなどで水消費への懸念が高まり、欧州委員会は2026年中にデータセンターでの効率的な水利用などを定めた基準を策定する考えを示しています
 
世界気象機関(WMO)は、水の循環が不規則で極端になり、干ばつと洪水が繰り返されるようになったと指摘しています。2050年までには世界人口の半分以上、50億人超が水不足にさらされるという予測もあります。
 
地球の表面のおよそ3分の2は水に覆われていますが、そのほとんどは海水。人が使える淡水はごくわずかです。しかも世界の水需要の約7割は農業用。つまりAIが使う水は、誰かの食料や飲み水と同じ蛇口から出ているわけです。
 


 

2. 半導体工場もまた、大量の水を使う産業

 
AIの土台になっているのが半導体です。そしてこの半導体づくりが、また相当な水を使います。
 
半導体の製造では、ウエハーの洗浄工程などで不純物をほぼ完全に取り除いた「超純水」が繰り返し必要になります。しかも、ただ量があればいいのではなく、きれいな水でなければ話にならない。水質と水量、その両方を確保できる土地でなければ工場は成り立たないのです。
 
だからこそ、日本の半導体復活の中心地として熊本が選ばれたことには、はっきりした理由があります。
 
 

熊本が「水の国」と呼ばれる理由

 
熊本県、とくに熊本市周辺は、水道水源の多くを地下水に頼る、日本でも有数の水資源地帯です。熊本市では水道水のほぼ100%を地下水でまかなっています。蛇口をひねると天然のミネラルウォーターが出てくる、と言われるほどの土地柄です。
 
その仕組みをつくったのが阿蘇山でした。かつての噴火で火砕流が一帯を覆い、隙間や割れ目の多い、水を通しやすい地層ができた。そこに水がしみ込み、その下の固い岩盤にたまって、下流の熊本市内などへ流れていく——この巨大な天然の貯水槽が、熊本の暮らしと産業を支えています。
 
地域の地下水への関心はとても高く、小学校の授業で学ぶほどだといいます。だからこそ、大量の水を使う半導体工場の進出に対して、地元から懸念の声が上がったのも自然なことでした。
 


 

3. ソニーGが20年以上続けてきた「地下水涵養」という答え

 
その懸念に、20年以上かけて答えを出してきた企業があります。ソニーグループで半導体製造を担う、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(SCK)です。
 
きっかけは、工場が竣工する前の2001年、熊本県で活動する環境NPOから受け取った1通の公開質問状でした。内容は、地下水の使用と保全について。企業にとっては耳の痛い問いかけだったはずです。
 
ところがSCKは、そこから対話を重ねます。そしてNPOから提案されたのが「地下水涵養(かんよう)」でした。地域では以前から取り組まれていたものの、地下水を大量に使う企業が本格的に手掛けた事例は、それまでなかったといいます。
 
 

「ざる田」が生み出す、取水量を超える涵養量

 
地下水涵養とは、ざっくり言えば「地面から水をしみ込ませて、地下水を積み増す」取り組みです。
 
舞台になるのは、菊陽町や大津町にある水田。この地域の田んぼは「ざる田」と呼ばれます。火砕流由来の水を通しやすい地層のおかげで、通常の水田に比べて5〜10倍もの水が地下に浸透するとされています。
 
やり方はとてもシンプルです。5〜10月にかけて、田んぼや畑を使っていない期間に河川から水を引き、張っておく。作物は植えません。ただ水を張るだけ。それが地下へとしみ込み、やがて熊本市内の水道水源になっていきます。SCKは地元の農業団体と組み、協力してくれる農家に協力金を支払う形でこれを続けてきました。
 
数字がすごいんです。
 

項目 内容
開始年 2003年(企業として日本初)
実施場所 熊本県菊陽町・大津町の水田や畑
浸透量の目安 「ざる田」は通常の水田の5〜10倍が地下に浸透するとされる
計画の考え方 工場での取水量を上回る涵養量を毎年計画
達成状況 日照りが続いた2005年度を除き、毎年計画を達成
累計涵養量 20年以上の累計で5000万立方メートル以上

※数値は日本経済新聞「ソニーG、熊本で『地下水増やす』 TSMCも追随する半導体と水戦略」の報道に基づきます
 
つまり「使った分だけ返す」ではなく、「使った分より多く返す」を20年以上続けてきたということです。これはもう、環境対策というより地域の水インフラの一部と言っていいレベルではないでしょうか。
 
そしてSCKでは2025年、副社長として熊本テクノロジーセンター長を務めた人物を環境担当の責任者に置きました。同社の担当者は「後ろ向きの環境対策から、前向きの環境対策に変わっていく必要がある」と語っています。かつて環境対策といえば自治体対応や周辺団体との折衝といった、どこか受け身のイメージがつきまとうものでした。それが今は、ネイチャーポジティブ(自然再興)に代表される環境意識の高まりもあり、地域に貢献しているという発信そのものが企業価値につながる時代になりつつある、という見方です。
 


 

4. TSMCも追随 使った水を地域に「3倍返し」

 
そして2024年、熊本県菊陽町に台湾積体電路製造(TSMC)の日本工場が本格稼働しました。周辺の大津町や合志市も含めて、半導体関連施設の建設ラッシュが続いています。
 
このTSMCも、日本進出にあたってSCKの取り組みを参考にしたといいます。日本で初めて企業として涵養に取り組んだ実績があったからこそ、半導体関連企業からの問い合わせが絶えなかったわけですね。
 
そしてTSMCは2024年、取水量の3倍に相当する量を、田んぼなどを通じて地下水に涵養したと報じられています。使った水を地域に「3倍返し」する——先行事例が示した道筋が、後から来た世界最大手にきちんと引き継がれた形です。
 
ここが、この話の一番おもしろいところだと思うんです。
 
一企業が地道に20年続けたことが、その地域における「進出のときの当たり前」になった。ルールでも規制でもなく、先行者がつくった実績が標準になっていく。世界のあちこちでデータセンターが水をめぐって地域と摩擦を起こしているなか、熊本ではまったく違う関係が育っていた。この事例がもっと知られていいと、私たちは強く思います。
 


 

5. それでも残る課題 その田んぼは、誰が守るのか

 
ただ、この仕組みは決して盤石ではありません。日経の記事は、その点にもきちんと踏み込んでいます。
 
課題は主に3つです。
 
・生産量が増えれば、水の使用量も増える。国の後押しで日本の半導体産業に資金が集まるなか、水需要はさらに膨らむ
・涵養に必要な田んぼや畑の維持が、後継者問題などで年々難しくなっている
・涵養に適した土地は近い将来までは確保できても、未来永劫かというとそうではない、と当事者自身が認識している
 
考えてみれば、当たり前の話なんですよね。地下水涵養という最先端に見える取り組みを実際に支えているのは、農家の方々が田んぼに水を張るという、きわめて人力で、きわめて地道な作業です。担い手がいなくなれば、この仕組みは成り立たない。
 
だからSCKは、対策を多方面に広げています。
 
・製造設備を改良し、従来より少ない水で生産できるようにする
・一度取水した水を処理して繰り返し使う、リサイクル率を高める
・地元で生産された米を買い取り、社員食堂で使う(田んぼそのものを守るため)
・田んぼだけでなく、畑や山肌などの活用拡大を検討する
 
社員食堂のお米、というのがいいですよね。水を返すために田んぼを守る。田んぼを守るためにお米を買う。工場と農地が、本当に一つの循環としてつながっている。
 
もうひとつ、社内の変化という課題も挙げられています。スマートフォン向けイメージセンサーの急拡大で半導体事業が大きくなり、かつては地元出身者が多かった職場に、いまは全国から人が集まるようになった。その結果「地域に根差した活動がやりにくくなってきた」というのです。
 
これは半導体業界に限った話ではありません。組織が大きくなるほど、地域とのつながりは意識しないと薄れていく。私たちのような地域の電力会社も、常に自分に問いかけたい部分です。
 


 

6. 「水」と「電気」はつながっている

 
ここまで読んでいただいて、「うちには関係ない話かな」と思われたかもしれません。でも、実はしっかりつながっています。
 
まず、電気をつくるにも水が要ります。火力発電の冷却にも、水力発電にも水は不可欠です。IEAがデータセンターの水消費の3分の2を「エネルギー由来」と見ているのは、まさにこの構造です。つまり電気を使うことは、間接的に水を使うことでもあるんですね。
 
そして、省エネはそのまま節水にもなります。
 
・設備の効率化で使用電力を減らせば、発電にともなう水の消費も減る
・工場やオフィスの空調・冷却の見直しは、電気と水の両方に効いてくる
・使用量を「見える化」することが、電気でも水でも改善の第一歩になる
 
もうひとつ大事なのが、企業評価の目線です。ネイチャーポジティブやTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)という言葉が広がり、企業が水をどう使い、どう地域と共存しているかが、取引先や金融機関から見られる時代になってきました。CO2の次は水だ、と言われるゆえんです。
 
熊本の事例が教えてくれるのは、ある意味とてもシンプルなことだと思います。地域の資源を使わせてもらう以上、使った分をどう返すかまでを事業計画に織り込む。それを20年続けると、地域からの信頼という何にも代えがたい資産になる。
 
私たち情熱電力は長野県松本市を拠点に電力小売を手がけていますが、扱っているのは電気という「地域からお預かりしている資源」でもあります。だからこの話は、まったく他人事ではないのです。
 
エネルギーの話は、ともすれば数字や単価の話になりがちです。でもその向こうには、必ず水があり、土地があり、それを守っている人たちがいる。そこまで含めて考えたいなと、この2本の記事を読んで改めて思いました。
 


 
まとめ
AIの普及でデータセンターの水需要が急増し、IEAは世界の年間使用量が2030年に約1兆2000億リットルへ倍増すると予測しています。世界のデータセンターの4割が水の需給が逼迫した地域にあるとされ、アイルランドの新設停止やEUの基準策定の動きなど、水をめぐる摩擦は現実のものになりつつあります。
 
一方、熊本ではまったく違う光景がありました。ソニーグループのSCKは2003年から地元の農業団体と組み、工場の取水量を上回る量の地下水涵養を続け、累計5000万立方メートル以上を地下に還してきました。その先行事例に学んだTSMCも、2024年には取水量の3倍相当を涵養しています。
 
ただしこの仕組みを支えているのは、田んぼに水を張る農家の方々の地道な作業です。担い手不足という課題は待ったなしで、節水技術やリサイクル率の向上、地元米の買い取りなど、多面的な取り組みが進められています。
 
電気をつくるにも水が要ります。省エネは節水でもある。エネルギーの見直しを考えるとき、水という視点も一緒に持っておくと、自社の取り組みの意味がぐっと立体的に見えてくるはずです。
 


 
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・日本経済新聞:ソニーG、熊本で「地下水増やす」 TSMCも追随する半導体と水戦略
・日本経済新聞:AIデータセンター拡大の副作用、世界で水争奪戦 問われる共存
・公益財団法人くまもと地下水財団:想水~熊本の水を大切に想う~
・IEA(国際エネルギー機関):「Energy and AI」