お知らせ

INFO

2026.08.15 Sat

白馬はなぜ「日本民宿発祥の地」に?JA大北に見る地域密着ビジネスと地方創生のヒント

 
白馬 北アルプス
 
日経BPに「こんな修学旅行がしたかった!大自然に包まれ農家民宿で本物を学ぶ、JA大北」という記事があったので調べてみました。舞台は、登山やスキーで知られる長野県白馬村。実は白馬は「日本民宿発祥の地」と呼ばれ、約50年前から都会の子どもたちを農家民宿に迎え入れてきた歴史があります。近年は修学旅行や校外学習の受け入れ校が増加し、地元JAである「JA大北」が地域を挙げてその仕組みを支えているそうです。少子高齢化や後継者不足が進むなかで、なぜこの取り組みは今も選ばれ続けているのでしょうか。地域資源を活かしたビジネスのあり方は、私たち情熱電力が大切にしている「地域密着」の姿勢とも重なる部分が多くあります。今回は、JA大北の取り組みから見えてくる、地方創生と教育のヒントをまとめてみました。
 


 
目次

 


 

1. 白馬はなぜ「日本民宿発祥の地」と呼ばれるのか

 
白馬村と聞くと、多くの方が真っ先に思い浮かべるのはスキーや登山ではないでしょうか。実はこの白馬、「日本民宿発祥の地」とも呼ばれていることをご存じですか。
 
1930年代、登山道や山小屋の整備が進み、現在のJR大糸線が開業したことで、登山客の来訪が空前のブームを迎えました。その受け入れ先となったのが、麓にあった案内人の家です。1937年、これらの家16軒が行政の許可を受けて民宿として公式に営業を始めたことが、「発祥の地」と呼ばれる由縁とされています。
 
1960年前後にはスキー場の開発が本格化し、観光客数が急増しました。村の統計によると、1960年には年間50万人に満たなかった観光客数が、10年後の1970年には5倍以上にまで膨れ上がったといいます。
 

年間観光客数(村統計)
1960年 50万人未満
1970年 250万人以上(1960年の5倍以上)

この急増する観光需要を受け、農業のかたわら民宿経営に乗り出したのが地元の農家でした。これが、現在まで続く「農家民宿」の始まりです。
 


 

2. JA大北が仕掛ける教育旅行、農家民宿を束ねる仕組み

 
長野オリンピックが閉幕した1998年以降、白馬の観光客数は右肩下がりに転じます。とりわけスキーシーズンと夏を除く春や秋は、農家民宿にとって集客が難しい時期でした。ただ、この時期は農繁期でもあり、労力はむしろ農業生産に割きたいというのが本音だったそうです。
 
そこで白馬の農家民宿が目を向けたのが、学校行事の受け入れでした。毎年恒例の行事であれば安定した需要が見込め、受け入れ人数も農家側でコントロールしやすくなります。個々の農家では対応が難しくても、地域を束ねる存在があれば、分宿を前提に受け入れることができる。その役割を担ってきたのが、地元のJA大北です。
 
JA大北旅行センターのセンター長である中村綾太氏によると、学校側からの依頼を受けて農家民宿を手配するのはJA大北の仕事だといいます。受け入れ校数は年度によって増減があるものの、直近では前年度の8校から11校へと増加しているそうです。都会から訪れるのはおもに中学生で、白馬村内の農家が営む民宿に最短でも1泊2日で滞在し、農作業やものづくり、食づくりといった各農家独自のプログラムを体験します。
 
農家民宿は白馬村内の3つの集落ごとにまとまって立地しており、集落間は最も離れていても車で20分ほどの距離です。ひとつの学校が複数の集落にまたがって分宿する場合でも、教員が車や電動自転車で巡回しながら効率よく生徒を見守れる体制になっています。
 


 

3. 農家民宿がもたらす教育効果と地域経済への貢献

生徒たちに芽生える「生きる力」

 
JA大北が白馬での体験を提供する狙いは大きく2つあるといいます。ひとつは、自然環境に身を置いて都会との違いを実感してもらうこと。もうひとつは、農家との交流を通じて新たな発見を得てもらうことです。中村氏は「学校の中で接する大人は教員がほとんどですが、社会にはもっと多様な『正解』があるはずです。そこに気付いてほしい」と語っています。
 
農家民宿1軒あたりの受け入れ人数はおよそ7〜8人程度で、農家と生徒の距離が近いのも特徴です。実際に、自己肯定感が低く引きこもり気味だった生徒が修学旅行にだけは参加し、前向きな気持ちで帰宅したケースや、帰宅後に自ら進んで家の手伝いをするようになったケースもあるそうです。豊かな自然環境のなかで、都会では味わえない体験を重ねることが、生徒の成長につながっているのかもしれません。
 
 

農家の所得向上と地域の活性化

 
教育旅行の受け入れは、農家にとって農業と両立しやすい収入源にもなっています。学校行事という安定した需要を地域全体で束ねることで、農家の所得向上という目的も果たせるというわけです。
 
さらにJA大北は、送り出し側の学校法人や旅行会社とも長年にわたり連携を重ねてきました。東京都内の中学校では、総合的な学習活動の一環として毎年白馬での宿泊体験を継続しているケースもあり、こうしたリピーターの存在が地域経済を下支えしているといえそうです。
 


 

4. 農家民宿を取り巻く課題、減少する担い手とどう向き合うか

 
一方で、農家民宿を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。中村氏によると、受け入れ先として登録されている農家民宿はおよそ35軒ありますが、実際に受け入れに対応できる農家は30軒を切っているそうです。農家の高齢化や後継者不足、観光客数の減少が背景にあるとみられます。
 
こうした状況のなか、JA大北は受け入れを止めた農家に再登板を促したり、学校行事の受け入れ時に限って営業してもらえるよう働きかけたりと、必要な農家民宿の確保に力を注いでいるといいます。あわせて重要なのが安全管理です。とくに食物アレルギーへの対応では、学校側から旅行会社経由で得た情報と、農家民宿側が提示する食事内容を照らし合わせ、支障があれば見直しを求めているそうです。
 
受け入れ当日には、教員の要請の有無にかかわらず農家民宿を巡回し、農家側の表情から負担の大きさを見極めることも欠かさないといいます。ここには、「農家民宿の負担を和らげることで、生徒に提供する体験価値の向上を図りたい」という一貫した姿勢がうかがえます。
 


 

5. 地域資源を活かした地域密着ビジネスから見えるヒント

 
JA大北の取り組みを振り返ると、いくつかの共通点が見えてきます。
 
・地域にもとから存在する資源(自然環境や農家の暮らしそのもの)を、外部の力に頼りすぎずに価値へと転換していること ・農家一軒一軒では難しいことも、地域を束ねる存在(JA大北)が間に立つことで実現していること ・経済合理性だけでなく、受け手(生徒)と担い手(農家)の双方に無理のない関係を築こうとしていること
 
これらは、規模の大小を問わず、地域に根ざしたビジネスを続けていくうえで参考になる考え方ではないでしょうか。私たち情熱電力も、長野県松本市を拠点に、お客様との距離の近さを大切にしながら電力小売サービスを届けています。地域の資源や関係性を大切にしながら事業を続けるという点で、JA大北の取り組みには学ぶところが多いと感じます。
 


 
まとめ
白馬村は「日本民宿発祥の地」と呼ばれ、約50年にわたり都会の子どもたちを農家民宿で受け入れてきました。長野オリンピック以降の観光客数の落ち込みをきっかけに、JA大北は学校行事という安定需要に着目し、地域の農家民宿を束ねる仕組みを整えてきたそうです。生徒にとっては、教員以外の多様な大人と出会い「生きる力」を育む学びの場となり、農家にとっては農業と両立しやすい収入源となる。まさに教育と地方創生が重なり合う取り組みといえそうです。一方で、農家民宿の担い手不足という課題も抱えており、JA大北は再登板の呼びかけや食物アレルギーへの対応、当日の巡回による安全管理の徹底など、地道な取り組みを続けています。もとからある地域資源を、無理のない形で価値へと転換し続けるという姿勢は、業種を問わず地域に根ざした事業を営むうえでのヒントになりそうです。
 


 
情熱電力からのお知らせ
情熱電力のこのお知らせページでは、情熱電力が注目した電気に関連した様々な事柄をピックアップして掲載させていただいております。地域に根ざした取り組みや暮らしに役立つ情報を、これからも分かりやすくお届けしてまいります。ぜひあわせてご覧ください。
 
情熱電力のお知らせページ:https://jo-epco.co.jp/info/
 
 
この記事に関連するページリンク
・日経BP:未来開墾ビジネスファーム こんな修学旅行がしたかった!
・農林水産政策研究所:都市農村交流(移住・農泊)