熊本地震で露呈した「再エネの盲点」|太陽光があっても停電に勝てない理由と家庭の電力自衛

日本経済新聞に「熊本、非常電源足りず 再エネ普及も蓄電池少なく」という記事があったので調べてみました。2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震は、最大震度7を観測しながら、停電はおよそ3日でほぼ解消しています。数字だけを見れば「復旧は早かった」と言える災害でした。
それでも現地では、多くの被災者がクーラーの効く自動車に駆け込んだと報じられています。発生日の最高気温は36度超。停電がたった数日でも、真夏の停電は命に関わるという現実が突きつけられました。
そして意外なことに、舞台となった九州は全国でも太陽光発電がいち早く普及した地域です。屋根の上に発電設備があるのに、なぜ電気が使えなかったのか。そこには、再生可能エネルギーが抱える構造的な「盲点」がありました。
これは九州だけの話ではありません。今回は、熊本で起きたことを手がかりに、再エネと蓄電池の関係、そしてご家庭でできる「電力の自衛」について、電力会社の立場からわかりやすく整理してみます。
目次
- 1. 令和8年熊本地震で電力に何が起きたのか
- 2. 復旧は早かった。それでも足りなかったもの
- 3. 再エネ先進地・九州が抱えていた盲点
- 4. なぜ日本の家庭に蓄電池が広がらなかったのか
- 5. インフラ側にも限界がある 人手不足と無電柱化コスト
- 6. 今日からできる「家庭の電力自衛」ステップ
1. 令和8年熊本地震で電力に何が起きたのか
まずは、実際に何が起きたのかを事実ベースで押さえておきましょう。
令和8年熊本地震が発生したのは2026年7月28日。熊本県宇城市と氷川町で最大震度7が観測されました。気象庁の公表情報などによれば、発生日の最高気温は36度超。震度7を観測した過去の地震を並べてみると、この「真夏」という条件がいかに特殊かがよくわかります。
阪神・淡路大震災(1995年1月)、東日本大震災(2011年3月)、能登半島地震(2024年1月)はいずれも発生日の最高気温が10度を下回る冬の災害でした。10年前の平成28年熊本地震(2016年4月)でも20度前後です。つまり今回は、震度7クラスの地震としては記録的に暑い環境下で起きた災害だったということになります。
停電戸数は10年前の10分の1に
電力インフラ側の対応は、実は健闘したと言っていい内容でした。
九州電力送配電によると、最大で約4万8千戸あった停電は、発生から丸3日にあたる7月31日夕方にほとんどが解消しています。設備被害は電柱97本が折れたり傾いたり、7カ所の変電所で機器の一部が破損。ただし、送電の要である鉄塔には被害がありませんでした。
これは偶然ではありません。2016年の熊本地震では鉄塔が大きく傾いて送電できなくなる被害が発生しており、その教訓から鉄塔の補強工事が進められていたためです。結果として、最大停電戸数は10年前の10分の1にとどまりました。過去の災害を教訓にした投資が、そのまま被害の抑制につながった好例と言えます。
「停電率」で見る過去の災害との違い
日本経済新聞は、その時点の停電戸数を最大停電戸数で割った「停電率」という指標で、過去の災害と復旧スピードを比較しています。数値が低いほど復旧が進んでいることを意味します。
発生3日目時点の停電率を並べると、災害ごとの違いが一目でわかります。
| 地震 | 発生時期 | 発生3日目の停電率 |
|---|---|---|
| 令和8年熊本地震 | 2026年7月 | 3% |
| 平成28年熊本地震 | 2016年4月 | 3% |
| 東日本大震災 | 2011年3月 | 12% |
| 能登半島地震 | 2024年1月 | 76% |
(出所)公表資料をもとにした日本経済新聞の試算
能登半島地震では道路の寸断などが復旧作業そのものを阻み、3日目でも76%という高い停電率が続きました。それと比べれば、今回の熊本の「3日でほぼ解消」は、過去の災害の中でも短い部類に入ります。
2. 復旧は早かった。それでも足りなかったもの
ここからが本題です。
復旧は早かった。にもかかわらず、多くの被災者がクーラーの使える自動車に避難し、家庭や避難所では非常用電源の不足が露呈しました。なぜでしょうか。
答えはシンプルで、「3日」という時間が、真夏には長すぎるからです。
冬の災害であれば、着込む、毛布を重ねる、カイロを使うといった電気を使わない対処法がある程度は機能します。しかし猛暑の停電では、エアコンも扇風機も止まり、冷蔵庫の中身も傷みます。熱中症は屋内でも発症し、高齢者や小さなお子さんほどリスクが高くなります。「数日で復旧するから大丈夫」が通用しないのが、酷暑下の停電なのです。
つまり今回の熊本地震は、電力インフラの復旧力ではなく、復旧までの数日間を各家庭がどう凌ぐかという、これまであまり正面から議論されてこなかった論点を浮かび上がらせた災害でした。
みなさんのご家庭では、真夏に3日間電気が止まったとき、どう過ごすか想像したことがあるでしょうか。
3. 再エネ先進地・九州が抱えていた盲点
太陽光は普及、蓄電池は1%未満
自宅で発電できる太陽光発電は、以前から災害時の非常用電源としても期待されてきました。実際、九州は日照条件に恵まれ、太陽光発電がいち早く普及した地域です。
環境省の調査によると、太陽光システムを使っている家庭の割合は2023年度で九州が8.5%。全国平均の6.3%を上回っています。資源エネルギー庁の資料では、九州の再生可能エネルギー導入量は2025年度で1300万キロワット超と、東京・中部エリアに次ぐ規模に達しています。
それでも非常用電源が足りなかった。理由は、太陽光発電の一番の弱点にあります。夜は発電しないということです。
太陽光でつくった電気を夜間に使うには、蓄電池が欠かせません。ところが、三菱総合研究所の調査結果などをもとに単純計算すると、2024年時点で建築済みの全国の戸建てにおける家庭用蓄電池の導入率は1%に満たないと予測されています。
発電設備は普及したのに、貯める仕組みがほぼ空白。これが、記事の言う「再エネの盲点」の正体です。
出力制御と非常用電源、実は同じ課題
もうひとつ、九州には象徴的なデータがあります。「出力制御率」です。
出力制御とは、電気が余りすぎて需給バランスが崩れるのを防ぐため、太陽光や風力の発電を一時的に止めてもらう仕組みのこと。資源エネルギー庁の資料などによれば、九州の出力制御率は導入量の拡大とともに上昇し、直近では数%規模で推移しています。
せっかく発電した電気を捨てている一方で、災害時には電気が足りなくて困る。一見まったく別の問題に見えますが、原因は同じです。つくった電気を貯めておく手段が足りていない。
蓄電池は「災害対策のオプション」ではなく、再エネを主力電源にしていくうえで避けて通れないインフラである。熊本の一件は、そのことを実感を伴って示したと言えます。
4. なぜ日本の家庭に蓄電池が広がらなかったのか
では、なぜここまで蓄電池の普及が遅れたのでしょうか。理由は大きく2つあります。
ひとつは価格です。家庭用蓄電池は、持ち運べるポータブルタイプで数十万円、家に据え付ける定置用では100万円以上と高止まりしています。日本では長らく家庭用蓄電池向けの補助制度が十分には整っておらず、価格が下がりにくい状況が続いてきました。
もうひとつは、皮肉なことに日本の電力インフラの品質が高すぎたことです。
東京電力ホールディングスによると、1軒当たりの停電回数は2023年度で年平均0.1回程度。10年に1回しか停電しない計算です。これに対して米国カリフォルニア州は1.68回、フランスは0.57回と大幅に上回ります。
停電がほとんど起きない国では、非常用電源にお金を払う動機が生まれにくい。当然の話です。ただし、その前提は「災害が起きなければ」という条件つきでした。
なお、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)を蓄電池代わりに使う手もあります。実際、今回も車が避難先になりました。ただしエネチェンジの試算では、人口1万人あたりのEV普及台数は熊本県の場合で50台程度とされ、地域全体をカバーできる規模には至っていません。
5. インフラ側にも限界がある 人手不足と無電柱化コスト
「電力会社がもっと頑張ればいいのでは」と思われるかもしれません。ここは、電気を扱う私たちとしても正直にお伝えしておきたい部分です。
今回、九州電力送配電は協力会社を含め最大約1500人態勢で復旧にあたりました。しかし送配電を担う人材は全国的に不足しており、現在と同じ復旧対応を将来も維持できるかは不透明だと指摘されています。
設備面のハードルも高いままです。電柱の建設費は1キロメートル当たり約2000万円ですが、災害に強い電柱の地中化(無電柱化)となると、最大で10倍の費用がかかるとされています。電力大手10社の送配電会社で構成する送配電網協議会によると、無電柱化に向けた5カ年計画の進捗率は50〜60%にとどまる見通しで、物価高でさらに費用が膨らむ恐れもあります。
まとめると、こういうことになります。
・電力インフラの復旧力は世界最高水準だが、それでも数日はかかる
・人手不足とコスト高で、今の水準を将来も維持できる保証はない
・その数日を凌ぐ手段は、各家庭側にしかない
だからこそ、国が音頭をとって家庭の電力自衛を後押しする必要がある、というのが記事の結論でした。ここは私たちも同感です。
6. 今日からできる「家庭の電力自衛」ステップ
とはいえ、いきなり100万円の蓄電池を検討しましょうという話ではありません。費用と効果のバランスを見ながら、段階的に考えるのが現実的です。
ステップ1:まず「何時間もたせたいか」を決める
冷蔵庫だけを守るのか、エアコン1台を動かしたいのか、スマホと照明が確保できればいいのか。必要な電力量はまったく変わります。目的が決まらないまま製品を選ぶと、確実に過不足が出ます。
ステップ2:ポータブル電源から始める
数万円〜数十万円で導入でき、工事も不要です。スマホの充電、扇風機、LED照明、小型冷蔵庫程度なら十分カバーできます。まずここから、というご家庭は多いはずです。
ステップ3:太陽光をお持ちなら「自立運転モード」を今すぐ確認
これは費用ゼロでできる最重要チェックです。住宅用太陽光の多くには、停電時でも日中は自立運転コンセントから電気を取り出せる機能があります。ただし、いざという時に操作方法がわからず使えなかった、という声は毎回の災害で聞かれます。取扱説明書の該当ページに付箋を貼っておくだけで、備えの質が変わります。
ステップ4:定置用蓄電池・V2Hは補助金とセットで検討する
100万円以上という価格は確かに高額ですが、国や自治体の補助制度を組み合わせることで負担は変わります。制度は年度ごとに内容が変わるため、検討時点での最新情報を確認するのが鉄則です。長野県のような寒冷地では、冬の停電で暖房が止まるリスクもありますから、夏と冬の両方を想定して考えたいところです。
ステップ5:電気の使い方そのものを見直す
意外に見落とされがちですが、普段の電力使用量が少ない家庭ほど、非常時に必要な蓄電容量も小さくて済みます。省エネ性能の高い家電への買い替えや、契約プランの見直しは、日々の電気代削減と災害時の備えの両方に効いてきます。
まとめ
2026年7月の令和8年熊本地震は、最大約4万8千戸の停電が3日でほぼ解消するという、過去の災害と比べても早い復旧を実現しました。鉄塔の補強工事という10年前の教訓が確実に効いた結果です。
それでも、多くの被災者が涼を求めて自動車に避難しました。発生日の最高気温は36度超。酷暑下では、たった数日の停電でも命に関わるという新しい現実が明らかになりました。
そして舞台となった九州は、家庭用太陽光の普及率が全国平均を上回る再エネ先進地でした。それなのに非常用電源が足りなかった。原因は、発電設備は増えても電気を貯める蓄電池がほとんど普及していないことにあります。全国の既築戸建てにおける家庭用蓄電池の導入率は、1%に満たないと見られています。
電力インフラの復旧力は世界最高水準ですが、人手不足や無電柱化コストの壁もあり、万能ではありません。だからこそ、復旧までの数日をどう凌ぐかという「家庭の電力自衛」が現実的なテーマになってきます。
まずは費用ゼロでできる太陽光の自立運転モードの確認から。次にポータブル電源、そして補助制度を踏まえた蓄電池の検討へ。順番に進めれば、無理のない備えができます。
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・日本経済新聞:熊本、非常電源足りず 再エネ普及も蓄電池少なく
・内閣府(防災情報のページ):家庭における地震時等の停電対策について