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2026.06.08 Mon

ナフサ危機は本当に起きている?ホルムズ海峡緊迫による石化製品への影響と供給網の現状

 
解説します!
 
「ナフサ危機」についての現状を調べてみました。昨今のホルムズ海峡を巡る地政学リスクの高まりを受け、プラスチックや衣類、医薬品などあらゆる生活用品の起点となる「ナフサ」の供給不安が大きく報じられています。一部の建設現場や製造業からは「資材が仕入れられない」という悲鳴が上がる一方で、政府や業界団体は「マクロ的な供給量は確保されている」と発表しており、情報に大きな乖離が見られます。本記事では、石油化学工業協会の最新データや需給構造の背景をもとに、ナフサクラッカーの稼働率低下の真因から、サプライチェーンで起きている「目詰まり」の実態、そして今後の焦点となる価格転嫁や構造改革の課題まで、現時点で押さえておきたい情報を冷静に分析・解説します。
 


 

目次

1.そもそも「ナフサ」とは?日本の調達構造と脆弱性
2.ナフサクラッカー稼働率が過去最低に。その真因は中東危機か?
3.「モノがない」の真相:サプライチェーンの“目詰まり”と心理的要因
4.代替調達と足元の回復状況:需要抑制策は必要なのか
5.今後の焦点:中小企業の「価格転嫁」と石化業界の構造改革
6.まとめ
 


 

1. そもそも「ナフサ」とは?日本の調達構造と脆弱性

ナフサは、原油を精製する過程(常圧蒸留装置)で、約30〜170℃の沸点の違いによって分離される軽質留分です。合成樹脂などの石油化学製品の出発原料になるほか、ガソリンの原料にもなるため「粗製ガソリン」とも呼ばれます。
 
ナフサは「ナフサクラッカー(エチレン製造装置)」で800℃以上の高温で熱分解され、エチレンやプロピレンといった基礎化学品へと姿を変えます。これらは、国内の合成樹脂生産量の約7割を占める「5大汎用樹脂」(低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、塩化ビニール樹脂)となり、包装フィルム、ペットボトル、自動車部材など、生活のあらゆるシーンに浸透しています。
 
 

日本の調達構造(2024年データ)

財務省の「貿易統計」によると、日本は石油化学用途のナフサ需要の約6割を輸入に依存しています。さらに、その輸入元の内訳は以下の通りです。

国・地域 輸入比率(2024年)
アラブ首長国連邦(UAE) 30.4%
クウェート 21.6%
カタール 15.4%
韓国 12.2%
サウジアラビア 3.0%
インド 1.2%
その他 16.2%
合計 20,560千KL

【ポイント】
輸入の約7割を中東地域に依存しているため、ホルムズ海峡の封鎖といった地政学リスクに対して極めて脆弱な構造にあります。また、国内生産される国産ナフサも原料原油は中東依存度が高いため、供給リスクを本質的に内包しています。
 


 

2. ナフサクラッカー稼働率が過去最低に。その真因は中東危機か?

石油化学工業協会(石化協)の発表によると、設備の実質稼働率は一時67.3%と過去最低水準を記録し、エチレン生産量も大きく落ち込みました。しかし、これは中東危機だけが原因で急落したわけではありません。
 
 

低迷の主因は「中国景気の減速」と「内製化」

中東情勢が緊迫化する以前から、中国の景気減速にともなって日本の対中輸出が減少していました。一方で中国側は国内で大規模な石化設備の増強を進めて内製化を達成したため、アジア全体で供給過剰のミスマッチが発生し、日本の設備は低稼働を余儀なくされていたのです。
 
 

なぜ4月に稼働率が極端に下がったのか?

① プラント停止を避ける運用判断

ナフサクラッカーは一度完全に停止すると再稼働に多大な時間とコストがかかります。万が一ナフサが完全枯渇して完全停止する事態を防ぐため、あえて稼働率を限界まで落として運転を維持する戦略が取られました。

② 定期修理の集中

中東情勢とは無関係に、以前から計画されていた生産設備の定期修理がこの時期に集中的に行われたことも、生産量減少の大きな要因です。
 


 

3. 「モノがない」の真相:サプライチェーンの“目詰まり”と心理的要因

末端の建設現場や製造業から「シンナー、塗料、接着剤、塩ビ管が手に入らない」という悲鳴が上がったのはなぜでしょうか。石化協のデータを見ると、生産量は減っているものの、出荷量は例年並みを維持しています。
 
低密度ポリエチレン(26年4月): 生産量は前年同月比27%減、しかし出荷量は4%減にとどまる。
高密度ポリエチレン(26年4月): 生産量は34%減、しかし出荷量は2%減。
 
 

原因は「買いだめ」による流通の偏在

マクロ的には物量が足りているにもかかわらず現場に届かない原因は、典型的な「目詰まり現象」です。供給不安の報道を見た企業が自己防衛的に「今のうちに」「念のために」と在庫を積み増した(前年前倒し発注や中間業者の抱え込み)結果、流通がストップしてしまいました。
実際に不足が叫ばれたのは、シンナーや塩ビ管、潤滑油缶など「買いだめが可能な品目」に偏っています。さらに、大手ゼネコン系列の卸が在庫を抱え込む一方、系列外の地方の零細工務店に商品が回らないという「情報の非対称性」が不安を拡大させました。
 
 

具体的な例

カルビーがポテトチップスの包装を白黒(多色刷り中止)にしたことが話題を呼びましたが、これはインクが物理的にないからではなく、将来のコスト高騰を見据えた経営判断です。しかし、これが「インク不足」という風評被害を生み、一部の印刷業者が受注を断られる二次被害も発生しています。
 


 

4. 代替調達と足元の回復状況:需要抑制策は必要なのか

3月時点では中東からの輸入減と定期修理が重なり一時的に生産量が25%減少したものの、その後中東以外からの代替調達が急速に進展しました。
 
5月の供給量: 政府発表によると、従来の85%の水準まで急回復。
主要製品の増産: 定期修理の終了に伴い、エチレンや塩化ビニール、シンナー等の川中・川下製品の輸入・生産が拡大。平時の需要を大幅に上回る量を市場に流す対策(トルエン等の供給量を例年の最大1.8倍に拡大し、元売りからメーカーへ直接供給)も打たれ、目詰まりは解消に向かっています。
 
 

国民への需要抑制策(在宅勤務や自動車利用制限など)は必要か?

メディアのアンケートでは需要抑制策に賛成する声が約7割を占めましたが、政府は「現時点で国民に負担を強いる段階にない」と判断しています。日本は高水準の備蓄を保有しており代替調達も成功しているため、備蓄の少ない韓国やASEAN、インドなどの状況とは異なります。現にG7(主要7カ国)で需要抑制策を実施している国はありません。
 


 

5. 今後の焦点:中小企業の「価格転嫁」と石化業界の構造改革

足元の物量不足(目詰まり)が時間とともに解決に向かう中で、真の課題は「価格」へと移行しています。代替調達や地政学リスクによって跳ね上がった調達コストを、最終製品の価格に適正に転嫁できるかどうかが中小・零細企業の死活問題となります。政府は1000人規模の「取引Gメン(中小企業庁)」を動員し、下請け企業への訪問調査などを通じて、不当な価格据え置きがないか監視を強めています。
 
 

中長期的な構造改革

今回の危機は、「ナフサが国の備蓄制度の対象外(40年前に業界の要望で撤廃)」であるという制度的空白を浮き彫りにしました。「自らの責任で対処する」としていた石化業界ですが、今後は経済安全保障推進法の「特定重要物資」への指定や、危機管理投資への政府支援、そして付加価値の高い製品へのシフトを伴う業界再編が不可欠な議論となっていくでしょう。
 


 

6. まとめ

今回の「ナフサ危機」の本質は、物理的な絶対量の絶対的不足ではなく、地政学リスクを端緒としたサプライチェーンの目詰まりと、企業の心理的防衛(買いだめ)が引き起こした局所的な混乱でした。
足元の供給量は従来の85%まで回復しており、過度な供給不安に陥る必要はありません。今後は、パニック的な発注を控え流通を正常化させること、そして上昇したコストをサプライチェーン全体でいかに適正に負担(価格転嫁)していくかという、より現実的な経済対応が求められています。
 


 
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この記事に関連するページリンク
・石油化学工業協会(石化協)公式ウェブサイト
・財務省 貿易統計 ホームページ