2027年度から事業用太陽光のFIT/FIPはどう変わる?支援重点化の全体像を解説

 
2027年度から事業用太陽光のFIT/FIPはどう変わる?
 
ITmedia スマートジャパンに「今後のFIT/FIP制度で支援する太陽光発電の類型、地域社会との共生を条件に」という記事があったので調べてみました。
 
「太陽光のFITって、そろそろ終わるんですよね?」——最近、工場や倉庫をお持ちのお客様から、こんなご質問をいただくことが増えました。半分は当たっていて、半分は違います。たしかに、いわゆる野立て(地上設置)の事業用太陽光は2027年度から新規のFIT/FIP支援の対象外になることが決まりました。でも制度そのものが終わるわけではなく、いま国が進めているのは「支援をどこに集中させるか」という重点化の議論なんです。
 
2026年7月28日に開かれた資源エネルギー庁の「再生可能エネルギー主力電源化小委員会」第3回会合では、その選定基準の輪郭がかなり見えてきました。屋根置きだけでなく、公有地、ソーラーカーポート、空港や道路といったインフラ空間まで候補に挙がっています。自社の遊休スペースやこれからの設備投資に直結する話ですので、今回はこの中身を法人の目線で整理してみます。
 


 
目次

 


 

1. まず結論:2027年度から何が変わるのか

 
最初に、いちばん押さえておきたいポイントからお伝えします。
 
2026年2月5日の調達価格等算定委員会がまとめた「令和8年度以降の調達価格等に関する意見」で、事業用太陽光発電(地上設置)は2027年度以降、FIT/FIP制度における新規支援の対象外とすることが決定されました。関係する再エネ特措法の下位法令(省令・告示)の改正はすでに公布済みで、2027年4月1日から施行される予定です。
 
理由はシンプルで、「もう自立できる段階に来た」という判断です。委員会では、FIT制度開始以降に認定量・導入量がともに大幅に拡大したこと、技術革新でコスト低減が進み入札上限価格を下回る落札が継続的に見られること、PPAによる収益確保などFIT/FIPによらない案件も形成され始めていること、が確認されています。その一方で、自然環境・安全・景観といった地域共生上の課題が顕在化し、「負の外部経済性」が生じているのではないかとの指摘があることも挙げられました。
 
ただし—ここが大事なところです—制度が縮小して終わり、ではありません。同じ意見のなかで「再エネ導入拡大の観点から、屋根設置等の地域との共生が図られた形での太陽光発電の導入を促進していくことは重要」とされ、支援の重点化に向けた検討を進めることが明記されています。つまり、支援の「面積」を減らすのではなく、「置き場所」を変える議論だとイメージしていただくとわかりやすいかもしれません。
 


 

2. なぜ「重点化」なのか──2030年目標とのギャップ

 
なぜ国はここまで踏み込むのでしょうか。背景には、目標と実績のあいだにある、かなり大きな数字のギャップがあります。
 
国内の太陽光発電の導入量は2025年12月末時点で78.0GW。これに対して2030年度の導入目標は103.5〜117.6GWです。差し引き、今後およそ5年間で26〜40GWの追加導入が必要という計算になります。
 
問題はペースです。近年の導入ペースは年間3.5〜5GW程度とされていますが、目標達成には年間5〜8GW程度への加速が求められます。ざっくり言えば「今の1.5倍前後のスピードで入れ続ける必要がある」ということですね。
 

項目 数値
導入量(2025年12月末時点) 78.0GW
2030年度の導入目標 103.5〜117.6GW
今後必要な追加導入量 約26〜40GW
近年の導入ペース 年間3.5〜5GW程度
目標達成に必要なペース 年間5〜8GW程度

(出典:資源エネルギー庁「事業用太陽光発電におけるFIT/FIP制度の支援重点化について」2026年7月28日、第3回 再生可能エネルギー主力電源化小委員会 資料2)
 
ところが、地域と共生しながら効率的に事業ができる「適地」には限りがあります。だからこそ、建築物の屋根などすでに使われている空間を重ねて活用する方向に、支援の軸足を移そうとしているわけです。
 


 

3. 支援対象を選ぶ3つのものさし

 
では、どういう基準で「支援を重点化する類型」を選ぶのか。小委員会では、①今後の導入、②地域との共生、③FIT/FIP制度の特性等、という3つの視点が示されました。順に見ていきましょう。
 
 

①今後の導入ポテンシャルがあるか

そもそも、支援しても伸びしろがなければ意味がありません。ここで参考にされているのが、日本エネルギー経済研究所等による「地域条例・建物特性を考慮した太陽光発電の導入ポテンシャル調査」の試算です。
 

住宅 事業用(屋根) 事業用(地上)
導入ポテンシャル(エネ研試算) 49.2GW 137.2GW 20〜107GW
足下の導入量(FIT/FIP) 17.3GW 6.1GW 54.6GW

(出典:同上、資料2 p.13。事業用(屋根)は南向き屋根等を考慮した推計値)
 
数字を並べると、状況がはっきりします。事業用の屋根はポテンシャル137.2GWに対して導入量がわずか6.1GW。ほとんど手つかずと言っていい状態です。逆に地上設置はポテンシャルの上限に近いところまで導入が進んでいます。「屋根に寄せる」という政策判断が、感覚ではなく数字に裏づけられていることがわかりますね。
なお太陽光発電協会の「PV OUTLOOK 2050」では、建物設置型で2050年に209GWAC、農業関連(耕作地、荒廃農地、その他農地)で107GWの導入が見込まれているとされています。
 
 

②地域との共生が図られているか

ここが今回の議論の中心です。太陽光、とくに地上設置型の急速な拡大にともなって、安全面・防災面・景観・環境への影響に対する地域の懸念が高まってきました。2025年12月23日には関係閣僚会議で「大規模太陽光発電事業(メガソーラー)に関する対策パッケージ」が決定され、森林法・電気事業法・景観法・自然公園法など、関係法令の規制強化が順次進んでいます。自治体でも、地域と共生した再エネ導入を求める「再エネ条例」の制定が増えています。
 
ただ、資源エネルギー庁はこれまでも、関係法令遵守の認定要件化、法令違反時のFIT/FIP交付金の一時停止、説明会等による住民への事前周知の義務化など、事業規律の強化を進めてきました。ですので今回の「重点化」では、そうした従来の対応を超えて、特に地域共生が図られた形で導入が期待されるものを選ぶ必要がある、という整理になっています。
 
具体的な判断要素は次の2つです。
 
・公益への追加的な影響の度合い:屋根設置は「建築物本来の機能を維持したまま、その屋根に発電設備を付加するもの」。新たな土地開発をともなわず、従前の土地利用も大きく転換されないため、安全・防災・景観・環境への追加的な影響が比較的限定的、という考え方です。この特徴を敷衍(ふえん)できる事業類型かどうかが問われます。※敷衍:もとの意味や趣旨を押し広げ、例などを挙げて詳しく分かりやすく説明すること
 
・自治体や国の事業への関与:首長や議会の承認といった地域における理解醸成のプロセスを経ること、事業への一定の監督が期待できることが理由です。公的な関与が、地域の納得感を担保する仕組みとして評価されています。
 
ちなみに、公的施設側の導入実績はかなり厳しい状況にあります。ITmediaの記事によれば、政府保有施設における太陽光発電の導入は2030年度目標58MWに対して2.8%(1.6MW)、地方公共団体保有施設では目標4,824MWに対して6.2%(300MW)にとどまるとのこと。今回の重点化が、自治体・国自身の導入の後押しになることも期待されています。
 
 

③FIT/FIP制度になじむ類型か

3つ目は、やや制度技術的ですが実務上とても重要な視点です。
 
FIT/FIPは、一定の定型的な事業類型ごとに一律の支援を行う「面的な支援制度」です。そのため、支援対象は客観的な基準・証憑で明確に外延を画定・確認できる類型である必要があります。すでに重点化がなされている屋根設置太陽光では、潜脱的な認定取得を防ぐために固有の認定基準(建築基準法上の検査済証の写し、不動産登記法上の表題登記の登記事項証明書、パネル全てを屋根に設ける旨の写真・図面など)と提出書類が定められています。
 
もう一点。FIT/FIPは特定契約や市場取引等で供給された再エネ電気の量に応じて支援する仕組みですから、逆潮流量の売電が想定される類型であることも条件になります。裏を返すと、余剰売電をともなわない純粋な自家発自家消費・オンサイトPPAは、FIT/FIPではなく環境省の地域脱炭素の支援措置など、他の制度で後押しするという役割分担になります。
 
自家消費型をご検討中の企業様は、「FITが対象外=支援がない」ではなく「支援の窓口が別にある」と理解しておくと、選択肢を見落とさずに済みます。
 


 

4. 候補に挙がっている具体的な類型

 
では実際に、どんな類型が候補になっているのか。第2回会合での関係省庁ヒアリングでは、次のような案が示されました。
 
環境省からの提案
 
・公有地で実施する事業:国または自治体が保有する土地で実施する事業。管理下で行われるため地域との共生が前提となり、公有の遊休地活用や公営事業の事例も多く、今後の拡大が期待される
 
・自治体から法令に基づく認定を受けた事業:地球温暖化対策推進法第22条の2第3項に基づく地域脱炭素化促進事業計画の認定を受けた事業。地域の環境保全や共生を要件として自治体が認定する仕組み
 
・ソーラーカーポート:一体型または搭載型で建築基準法に基づく建築物であること、工場・店舗等の施設に付随する駐車場に設置されるもの。屋根への設置が難しい施設にとっての選択肢となり、企業の脱炭素化を進めるうえで更なる導入が期待される
 
国土交通省からの提案(インフラ空間)
 
第7次エネルギー基本計画で「空港、道路、鉄道、港湾等のインフラ空間等を活用した太陽光発電の導入拡大を図る」とされたことを受け、次の空間が候補として挙げられています。
 

対象 主な設置場所の例 参考:導入状況
空港用地 旅客ターミナルビル、航空機格納庫、場周道路脇の緑地 等 空港内/周辺で約4.2万kW(2020〜2024年の実績)
道路区域 上屋(料金所、電気室、トイレ等)、中央帯、未利用地 等 国直轄・高速道路会社で259箇所(令和6年度末)
臨港地区 保管施設等(倉庫等)の屋根や敷地 等 82港湾600箇所、計約1.0GW(令和8年度末)
鉄道 既存の駅舎、ホーム上屋、車両基地、未利用地 等 約5万kW(令和7年度末)
都市公園 公園内の建物の屋根、駐車場 等 128団体・192公園(令和3年度)
水道・下水道 建築物・構造物の上部空間、浄水場・終末処理場の敷地 等 水道 約140団体/下水道 約160施設
河川区域 河川管理施設建屋上 等 国交省所管施設での実績なし

(出典:第2回 再生可能エネルギー主力電源化小委員会 資料3〈国土交通省〉より抜粋)
 
法人のお客様にとって現実的に効いてきそうなのは、やはりソーラーカーポートでしょうか。工場や店舗の駐車場は、屋根の耐荷重や築年数の問題で屋根置きが難しい場合の有力な代替になります。もしFIT/FIPの重点化対象に入れば、投資回収の見通しが立てやすくなります。
なお、これらはあくまで検討の候補であり、確定した制度ではありません。この点はご注意ください。
 


 

5. 今後のスケジュールと8つの制度的論点

 
「で、いつ決まるの?」というのが、経営判断としては一番気になるところですよね。示されているスケジュールは次のとおりです。
 

時期 内容
2026年7〜8月頃 地方自治体・事業者団体からのヒアリング、考え方の検討・整理
2026年9月頃 検討結果の整理
2026年10月〜2027年1月頃 具体の制度的論点の検討(調達価格等算定委員会でも並行検討)
2027年2〜3月頃 再エネ特措法の下位法令等の改正に係るパブリックコメント手続
2027年4月1日 改正の施行

(出典:資源エネルギー庁 資料2 p.5)
 
そして、これから詰められる制度的論点は8つに整理されています。①〜④は主に再エネ主力電源化小委員会、⑤〜⑧は主に調達価格等算定委員会での検討です。
 

再エネ主力電源化小委で主に検討 調達価格等算定委員会で主に検討
① 設備の区分等や認定基準等 ⑤ FIT/FIPの別
② 説明会等の適用 ⑥ 入札制の適用
③ 地域活用要件 ⑦ 支援価格/期間や初期投資支援スキームの適用
④ 廃棄等費用積立制度の適用 ⑧ 解体等積立基準額

これらの検討では、すでに重点化がなされている屋根設置太陽光の現行の取扱いが参考にされるとされています。参考までに2026年度の屋根設置(事業用)の扱いを挙げると、50kW以上は原則としてFIP制度のみ・10kW以上50kW未満はFIT/FIPを選択可能、入札制は適用免除、調達価格/基準価格は「初期を高く・後期を低く」する階段型(交付期間終了日から起算して15年前の日以降の期間は8.3円/kWh、初期(それ以外の期間:1~5年)は19円/kWhが採用されています。新しい類型にも、これに近い設計が当てはめられる可能性があります。
 


 

6. 法人が今から準備しておきたい3つのこと

 
制度が固まるのは2027年春。まだ先のようでいて、設備投資の検討期間を考えると決して余裕はありません。今からできることを3つ挙げてみます。
 
・自社の「すでに使っている空間」を棚卸しする:工場・倉庫・店舗の屋根、駐車場、敷地内の構造物。屋根置きが難しくてもカーポートなら可能というケースは少なくありません。屋根の耐荷重や検査済証の有無は、FIT/FIPの屋根設置区分の認定基準にも関わる項目ですので、この機会に確認しておくと後がスムーズです。
 
・「売電するのか、自家消費するのか」を先に決める:FIT/FIPは逆潮流量の売電が前提の制度で、純粋な自家消費・オンサイトPPAは環境省の地域脱炭素関連の支援制度など別ルートが想定されています。どちらを軸にするかで、狙うべき制度も、必要な設備構成も変わってきます。
 
・地域との関係づくりを早めに始める:関係法令・条例の遵守はもちろん、周辺住民への丁寧な情報提供が制度上も重視される流れです。自治体の再エネ条例や、地域脱炭素化促進事業計画の有無を確認しておくと、選べる選択肢が広がります。
 
長野県内でも、自治体との連携を前提にした再エネの取り組みは着実に増えています。制度が動く前に社内で論点を整理しておけば、いざ詳細が固まったときに一歩早く動けます。
 


 
まとめ
今回のポイントを整理します。事業用太陽光発電(地上設置)は2027年度以降、FIT/FIP制度の新規支援の対象外となることが決定済みで、関係する省令・告示は2027年4月1日に施行される予定です。ただし制度が縮小するのではなく、支援の対象が「地域共生が図られた形の太陽光」へと移っていく、というのが議論の本質です。
 
その選定基準として示されたのが、①今後の導入ポテンシャル、②地域との共生(公益への追加的な影響の少なさ/自治体・国の関与)、③FIT/FIP制度の特性(客観的な基準・証憑で画定でき、逆潮流の売電が想定される類型)という3つの視点。候補として、公有地で実施する事業、温対法に基づく地域脱炭素化促進事業計画の認定を受けた事業、ソーラーカーポート、空港・道路・鉄道などのインフラ空間が挙がっています。
 
背景には、2025年12月末で78.0GWという導入量と、2030年度目標103.5〜117.6GWとのギャップがあります。事業用の屋根は137.2GWのポテンシャルに対して導入量6.1GWと、伸びしろが大きく残されています。詳細は2026年秋から2027年初にかけて詰められ、2027年2〜3月頃にパブリックコメントが予定されています。自社の屋根や駐車場をどう活かすか、売電か自家消費か。今のうちに方針を整理しておくことをおすすめします。
 


 
情熱電力からのお知らせ
制度の話は、正直なところ「結局うちはどうすればいいの?」というところが一番わかりにくいですよね。屋根置きが向いているのか、カーポートという手があるのか、そもそも売電と自家消費のどちらが自社に合っているのか—このあたりは、電気の使い方(負荷パターン)や契約内容によって答えが変わります。
 
情熱電力は長野県松本市の新電力として、地域の事業者様の電気とお付き合いしてきました。制度の動きを踏まえて自社の電力コストや設備投資をどう考えるか、現状の使用状況を一緒に見ながら整理するお手伝いができます。「まだ検討段階だけど、話だけ聞いてみたい」という段階でまったく問題ありません。気になる方はお気軽にご相談ください。
 
TEL:0263-88-1183
お問い合わせ:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・経済産業省:再生可能エネルギー主力電源化小委員会 第3回
・ITmedia スマートジャパン:今後のFIT/FIP制度で支援する太陽光発電の類型、地域社会との共生を条件に
・経済産業省:「令和8年度以降の調達価格等に関する意見」について 資料
・環境省:地域脱炭素化促進事業制度について
・農林水産省:農山漁村再生可能エネルギー法
 

猛暑で高原野菜が作れない?気候変動が変える農業と、増え続ける「暑熱対策の電気代」

 
高原セロリの画像
 
複数の気になる記事をについて調べてみました。信濃毎日新聞に掲載されていた「セロリやレタスの栽培には暑すぎる」「投資に次ぐ投資『やらざるを得ない』」「県産ワイン高まる評価、盛り上がり期待の裏で苦慮する生産者の姿」という3本の記事です。
 
読んでいて、思わず手が止まりました。標高1000メートルの高原で、農家さんが「この暑さで作れるのは奇跡だ」とつぶやく。レタスの収穫は、午前10時を過ぎるとしなびてしまうので、深夜1時半から始める。牛舎では送風機を倍に増やし、それでも足りずに細霧発生装置の導入を考えている――。
 
「今年は暑いですね」で片づけていた夏が、実は私たちの食卓のずっと手前で、これほど大きな変化を起こしていたのかと驚かされます。
 
そして、その対策のかなりの部分が「電気を使う」ものだという点も、電力に携わる私たちにとっては見過ごせないところです。送風機、細霧装置、換気扇、予冷庫、深夜作業の照明。暑さ対策は、そのまま電気の使い方の話でもあります。
 
この記事では、農業現場でいま何が起きているのかを整理したうえで、「暑さとエネルギーコスト」という視点から、これからの向き合い方を考えてみたいと思います。
 


 
目次

 


 

1. 「作れるのは奇跡だ」高原野菜の産地で起きていること

 
まずは、信濃毎日新聞の記事で紹介されていた現場の様子から見ていきましょう。
 
夏でも涼しい高原は、暑さに弱い野菜づくりにぴったりの場所――というのが、これまでの常識でした。ところがその前提が、いま静かに崩れつつあります。
 
 

 セロリから長ネギへ、苦渋の品目転換

諏訪郡原村の標高約1000メートルの畑で、父の代からセロリを栽培してきた清水金幸さん(48)は、今年すべての畑を長ネギに切り替えました。約5ヘクタールのうち3ヘクタールで昨年からネギに挑戦し、手応えを得たうえでの全面転換だったといいます。
 
背景にあるのは、気温上昇です。セロリの栽培は25度までが適温とされていますが、原村では今年7月に最高気温30度超の真夏日が計14日。昨年は7月に22日、8月に19日を数え、8月3日には観測史上最高となる34.3度を記録しました。すでに「適地」の条件から外れつつある、というわけです。
 
数字にも表れています。夏場に全国へ流通するセロリの約9割を占めるとされる諏訪地方ですが、信州諏訪農協管内のセロリ農家は36戸。30年前の90戸近くから、大幅に減っています(信濃毎日新聞)。
 
肥料や農薬、資材コストの高騰も重なり、「収入を減らさないための苦渋の決断」だったという言葉が、とても重く響きます。
 
 

 レタスの収穫は午前1時半から

北佐久郡御代田町で約8ヘクタールのサニーレタス・グリーンリーフレタスを育てる荻原寿行さん(55)の話も印象的でした。
 
標高約860メートルの畑で、以前は昼前までに終わればよかった収穫作業が、いまは「午前10時を過ぎるとしなびてだめになってしまう」。そのため2、3年前から作業開始を2時間早め、午前1時半から収穫しているそうです。
 
一部では、高温の影響で葉が黒くなる生理障害「チップバーン」も発生。1、2年前からは葉焼けも見つかるようになったといいます。「こんなことは今までになかった」という戸惑いの言葉が、変化の速さを物語っています。
 
深夜1時半から作業する――これは同時に、照明や設備を動かす時間帯が変わるということでもあります。この点は、あとでもう一度触れます。
 


 

2. 畜産の現場は「投資に次ぐ投資」

 
野菜だけではありません。畜産の現場も、暑さとの闘いが続いています。
 
乳牛約270頭を飼育する三村牧場(松本市)の三村誠一社長(64)は、「牛は寒さに強いが暑さには弱い」と話します。牛舎の至るところに送風機を設置し、ここ5年で約500万円を投じて台数を2倍に増設。さらに約500万円をかけて細霧発生装置の導入を検討しているそうです。
 
「今後、今より涼しくなることは考えられない。やらざるを得ない」
 
この一言に、現場のリアルが凝縮されている気がします。
 
暑さの影響は、想像以上に多岐にわたります。
 
・牛の食欲・体力が落ち、乳量の減少や乳脂肪分の低下につながる
・夏場は餌の食いつきが悪くなるため、高価な輸入牧草に切り替える必要がある
・牛の体温が上がると人工授精の受胎率が低下し、10年前の夏に比べて3、4割下がっているという
・出産時に体調を崩すリスクも高まる
 
養豚でも同様で、年間約2800頭を出荷する飯田市の矢沢宏輝さん(56)は「以前に比べて、夏の出荷量が2割ほど落ちている」と話しています。
 
そして両者に共通するのが、「コストは上がるが、価格転嫁は難しい」という悩みです。消費が落ちることへの心配から、簡単には値上げに踏み切れない。設備投資も餌代も電気代も上がる一方で、売価は据え置き。この構図は、実は多くの中小事業者に共通するのではないでしょうか。
 
さらに、気温上昇は害虫の問題も呼び込みます。県農業試験場(須坂市)によると、暖冬傾向で虫が越冬しやすくなり、近年の害虫発生数は平年より多い状態。コメの汁を吸って変色をもたらす「斑点米カメムシ類」については、2024年に中南信、25年には全域へ注意報が出され、今年も7月29日に全域へ注意報が発出されています(信濃毎日新聞)。
 


 

3. 適地は動く――ワイン用ブドウが映す気候変動

 
ここまで厳しい話が続きましたが、変化は「マイナスだけ」でもありません。
 
南佐久郡小海町では、標高約1150メートルの畑でワイン用ブドウの栽培に挑む長谷川達也さん(31)の取り組みが紹介されていました。横浜市出身で農業経験はなかったものの、温暖化によって栽培適地が変わってきていることに可能性を見いだし、2021年に移住。ピノ・グリやピノ・ブランなど冷涼地向けの欧州系品種を中心に、約3500本を育てています。
 
「数十年後、小海が国内有数の栽培適地になる可能性がある。先行投資する意義は大きい」という言葉には、前向きなエネルギーを感じます。
 
実際、農林水産省のまとめによると2023年のワイン用ブドウ生産量は5199トンで全国1位。近年は全国シェアの3〜4割を占めているとされます。ワイナリー数も2023年3月の71カ所から、今年7月時点で93カ所に増えました。
 
一方で、既存産地では負の影響も出ています。標高400〜500メートル台の畑では果実の着色不良や酸度の低下が課題となり、暑さに強い品種への転換が急がれている状況。「温暖化は今後も進むと思われるが、現場でできる対策は少ない。さすがに暑くなり過ぎた」という生産者の声も紹介されていました。
 
つまり、気候変動は「適地の地図を書き換えている」ということ。高いところへ、北へ、と条件が移動していく。農業に限らず、私たちの暮らしや事業の前提も、少しずつ書き換わっているのかもしれません。
 


 

4. 暑さ対策は、そのまま「電気の使い方」の話

 
さて、ここからは電力会社らしい視点で見てみます。
 
3本の記事に共通していたのは、「暑さへの対応=設備投資」という構図でした。そしてその設備の多くは、電気で動きます。つまり暑さ対策を進めるほど、電力使用量は増える方向に働くということです。
 
 

 現場で増えている暑熱対策と、必要な電力

記事に登場した対策を、電気との関係で整理してみました。
 

対策 主な目的 電力との関係
送風機の増設 牛舎内の体感温度を下げる 台数×稼働時間で消費が増加。夏季は長時間連続運転になりやすい
細霧発生装置 気化熱で畜舎・ハウスを冷やす ポンプの稼働に電力が必要。送風機との併用が前提になることが多い
換気扇・循環扇(ハウス) 施設内の高温を逃がす 日中のピーク時間帯に稼働が集中しやすい
予冷庫・冷蔵設備 収穫物の鮮度保持 外気温が高いほど冷却負荷が増え、消費電力も増える
深夜・早朝作業の照明 高温時間帯を避けて作業 使用時間帯が夜間へシフト。人件費(深夜手当)も上がる
空調服・休憩所の空調 働き手の熱中症予防 充電・空調運転の電力に加え、装備コストが発生

こうして並べてみると、「暑さ対策のコスト」は設備の購入費だけでなく、その後ずっと続くランニングコスト――つまり電気代として効いてくることがよくわかります。送風機を2倍に増やせば、単純計算で送風にかかる電力も2倍。しかも猛暑が長引けば、稼働する日数そのものが増えていきます。
 
一度入れた設備は、翌年も、その次の年も動き続けます。だからこそ、初期投資の検討と同じくらい、「動かし続けるコスト」を見ておくことが大切なんですね。
 
 

 働き手を守る対策も、いまや法律の話に

もうひとつ押さえておきたいのが、人への対策です。
 
記事では、年間約6千トンのレタスを出荷するトップリバー(御代田町)が、電動ファン付き作業服を用意したり、深夜手当を払ってできるだけ日が出ていない時間に作業してもらったりと、働き手の暑さ対策にも費用がかさんでいることが紹介されていました。同社の2025年12月期の売上高は約15億円、従業員は約100人。それだけの規模でも、暑さ対策の負担は小さくないということです。
 
そして2025年6月1日には、労働安全衛生規則の改正により、職場の熱中症対策が罰則付きで事業者の義務となりました。暑さ指数(WBGT)28度以上、または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上または1日4時間を超える作業が見込まれる場合に、報告体制の整備や対応手順の作成、関係者への周知などが求められます。
 
農業に限らず、屋外作業や空調の効きにくい工場・倉庫を抱える事業者さんにとっては、「暑さ対策は、やったほうがいいこと」から「やらなければならないこと」へと位置づけが変わったわけです。休憩所の空調やスポットクーラー、送風設備の導入が進めば、当然そこにも電気が要ります。
 


 

5. 「使う量」と「単価」、両方から見直すという考え方

 
では、増えていく電気の負担とどう向き合えばいいのでしょうか。
 
考え方はシンプルで、電気代は「使う量(kWh)× 単価」+基本料金で決まります。ということは、打ち手も大きく2方向あるということです。
 
【使う量を見直す】
 
・送風機やファンの運転時間を、温度・湿度センサーやタイマーで最適化する
・古いモーターやポンプは、更新時にインバータ制御・高効率タイプを検討する
・予冷庫や冷蔵設備の断熱・扉の開閉時間を見直す(地味ですが効きます)
・作業時間帯のシフトによって、電気を使う時間帯そのものが変わっていないか確認する
 
【単価と契約を見直す】
 
・契約電力(基本料金の元になる部分)が実態に合っているか確認する
・夏場のピークがいつ・どれくらい出ているかを、実績データで把握する
・季節や時間帯で使い方に偏りがあるなら、それに合ったプランを検討する
・複数拠点がある場合は、まとめて見直すことで整理しやすくなることもある
 
特に農業や畜産のように、「夏に使用量が跳ね上がり、冬は落ち着く」といった季節変動の大きい業種では、年間を通じた使い方の形(ロードカーブ)を把握することが、見直しの第一歩になります。深夜作業へのシフトが進んでいる場合も、使用時間帯が変わったことで、契約内容との相性が変わっている可能性があります。
 
「うちは電気なんて大して使っていないから」と思っていても、明細を並べて数年分を比べてみると、じわじわ増えていることに気づくケースは少なくありません。まずは現状を数字で見てみる。ここから始めるのが、いちばん確実だと思います。
 
補助制度の面では、農林水産省が畜産分野の暑熱対策や、野菜の夏季高温対策に関する情報をまとめています。設備投資を検討される際は、こうした情報も合わせてチェックしてみてください。
 


 
まとめ
夏でも涼しい高原だからこそ育ってきたセロリやレタス、カーネーション。その前提が、気温上昇によって少しずつ崩れつつある――信濃毎日新聞の3本の記事は、その現実を丁寧に伝えていました。
 
品目をセロリから長ネギへ全面転換した農家さん。午前1時半から収穫を始めるレタス農家さん。5年で約500万円を投じて送風機を倍増し、さらに細霧装置を検討する牧場。一方で、温暖化によって新たに適地となった土地でワイン用ブドウに挑む若い生産者もいます。
 
厳しい変化と、新しい可能性。その両方が同時に起きているのが、いまの現場なのだと感じます。
 
そして忘れてはいけないのが、暑さ対策の多くが電気で動いているということ。送風機も、細霧装置も、予冷庫も、休憩所の空調も、導入した瞬間からランニングコストが発生し続けます。2025年6月からは職場の熱中症対策が罰則付きで義務化され、人を守るための設備投資も避けて通れなくなりました。
 
だからこそ、「使う量」と「契約・単価」の両面から、電気の使い方を点検してみる価値があります。天候は選べませんが、電気との付き合い方は選べます。まずは直近の明細を眺めるところから、始めてみませんか。
 


 
情熱電力からのお知らせ
暑さ対策の設備を増やしたら、電気代がどれくらい変わるのか気になる。夏だけ使用量が跳ね上がるけれど、いまの契約で合っているのだろうか。深夜作業が増えて、使う時間帯が変わってきた気がする――。
 
そんなときは、お気軽にご相談ください。株式会社情熱電力は、事業所や農業施設の電気の使い方を、明細と実績データから一緒に確認するお手伝いをしています。難しい言葉はできるだけ使わず、「いま何にどれくらいかかっているのか」をわかりやすくご説明することを大切にしています。
 
すぐに切り替えを決める必要はありません。「現状を知っておきたい」だけでも大歓迎です。地元の事業者さんとして、顔の見える距離でお話しできればうれしく思います。
 
お問い合わせ
TEL:0263-88-1183
Web:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・信濃毎日新聞デジタル:セロリやレタスの栽培には暑すぎる 長野県の高原野菜産地が強める危機感
・農林水産省:畜産・酪農の暑熱対策
・農林水産省:野菜における夏季の高温対策
・厚生労働省(富山労働局):職場における熱中症対策の強化について
 

いまどうなってる?ホルムズ海峡はまだ閉じたまま|電気代への影響を業界目線で解説

 
ホルムズ海峡の地図
 
複数の気になる記事を見つけたので、まとめて調べてみました。日本経済新聞に掲載された「トランプ米政権、対イランで出口失う」「米イラン覚書、迫る60日交渉期限」「ホルムズ海峡『イランのもの』」という一連の記事です。
 
春先はあれだけ大きく報じられていたホルムズ海峡の問題が、最近はニュースの扱いがずいぶん小さくなっているから「もう落ち着いたのかな」と感じている方も多いのではないでしょうか。
 
ところが実態はまったく逆で、海峡は事実上封鎖されたまま、米国とイランの交渉も止まったまま。つまり「解決したから報じられなくなった」のではなく、「動きがないから報じられなくなった」だけなのです。
 
私たち電力業界にとって、ホルムズ海峡は他人事ではありません。ここを通る原油やLNGは、そのまま発電コストに直結します。今回は、いま中東で何が起きているのかを整理したうえで、それが皆さまの電気代にどうつながるのかを、できるだけかみくだいてお伝えします。
 


 
目次

 


 

1. いま、ホルムズ海峡で何が起きているのか

 
まずは現在地の確認からいきましょう。
 
2026年6月17日(米東部時間)、米国とイランは戦闘終結に向けた覚書に署名しました。60日以内にホルムズ海峡の開放や核開発問題の解決につなげる——そんな内容でした。日本時間6月18日から数えて60日後は、8月17日。まさに今日が期限です。
 
ところが、その覚書はほとんど履行されていません。イランは米国の経済制裁が解除されないことを理由に、ホルムズ海峡の事実上の封鎖を継続。米軍も7月にイランへの海上封鎖を再開しました。
 
8月14日にはトランプ大統領が支持者向けの演説でホルムズ海峡について「近く米国の領土と宣言するつもりだ」と発言。これに対しイランのガリババディ外務次官は翌15日、X(旧ツイッター)で「空母でも命令でも演説でもホルムズ海峡を奪うことはできない」「ホルムズ海峡はイランのものであり続ける」と反論しました。海峡の封鎖と開放は「イランの指揮下でのみ行われる」との主張です。
 
歩み寄りどころか、言葉の応酬が激しくなっている——これが今の状況です。
 
なお、イランはオマーンと共同で海峡を管理する体制づくりを進めているとも報じられています。海峡に入る船は北側、出る船は南側の航路を使うという構想で、イラン側は2〜4か月の暫定措置と説明しているものの、将来的に続くとの見方も根強いようです。
 


 

2. 米国の「3つの圧力」がすべて行き詰まった理由

 
日経新聞の分析記事がとてもわかりやすかったので、そのフレームをお借りします。米国がイランに対して使える手段は、大きく「軍事攻撃」「経済圧力」「外交交渉」の3つ。ところが今、そのすべてに出口が見えなくなっているというのです。
 
順番に見ていきましょう。
 
 

 軍事攻撃:兵器の消耗という現実的な壁

意外に思われるかもしれませんが、いちばん壁が高いのが軍事オプションです。
 
理由は「弾切れ」。精密打撃や高度な迎撃が可能な高性能ミサイルを米軍は消耗しており、これ以上使えば軍全体の運用に影響しかねない状況とされています。主力の防空ミサイル「パトリオット」は、一連の戦闘で在庫が3分の1になったとの試算もあり、トランプ大統領自身も「(在庫が)逼迫しているものもある」と認めています。
 
米ワシントン・ポストによれば、イランとの軍事衝突が始まって以降、多目的無人機(ドローン)MQ9リーパーを少なくとも45機失ったとのこと。これは保有数の約25%に相当します。
 
かといって精度の低い弾薬を使った接近戦や地上戦に踏み切れば、米兵に被害が出かねません。11月に中間選挙を控えるトランプ大統領にとって、これは最も避けたい展開でしょう。
 
ここで注目したいのが、イスラエルの軍事専門家ダン・オルバック氏のコメントです。「西側諸国が使う武器は技術の高度化に加えサプライチェーン(供給網)の多様化、規制などで高価かつ生産に時間がかかる」——つまり、お金を投じればすぐ補充できるものではない、という指摘です。
 
一方でイラン側が使うドローンや機雷は、軍事力・経済力が劣る国でも比較的簡単に入手できます。この「非対称性」が、事態を長引かせている大きな要因になっています。
 
 

 経済圧力:イランの「生き残り経済」

軍事が使えないなら経済で——というのが8月に入ってからの米国の軸足です。
 
ベッセント財務長官は8月13日、米ニュースマックスのインタビューで「前例のない措置となる」「世界が経験したことのない経済的孤立だ」と述べ、対イラン経済制裁の強化を明言しました。
 
実際、制裁の効果は数字に表れています。銀行システムを標的にした制裁により、イランのインフレ率は年間80%を超える水準に。米メディアによると鶏肉価格は前年比2.9倍に高騰しています。欧州の調査会社ケプラーによれば、貴重な外貨収入源である原油の輸出は6月下旬に比べて7割落ち込んだとのことです。
 
ただ、それでも屈しない。イランはすでに戦時経済の態勢を敷き、補助金や配給制で家計をかろうじて支える「生き残り経済」(米ウォール・ストリート・ジャーナルの表現)に移行しているとされます。国力はむしばまれますが、時間を稼ぐことはできる。米ブルームバーグ通信によると、米国は2018年以降イランに2200件の制裁措置を追加してきましたが、それでも交渉で譲歩を引き出せていません。
 
対照的に、トランプ大統領に残された時間は多くありません。11月の中間選挙まで3か月を切り、ロイター通信などの世論調査ではイランとの衝突を支持する国民は35%にとどまっています。
 
 

 外交交渉:海峡の管理権で平行線

では外交はどうか。こちらもホルムズ海峡の管理権をめぐって完全に平行線です。
 
トランプ大統領が8月12日にSNSでホルムズ海峡を米国が「完全に掌握」したと主張すると、イラン軍は「作りごとだ」と一蹴、13日には「ウソだ」と切り捨てました。さらにイランは8月8日、ホルムズ海峡の解放にあたって制裁解除など6条件を提示。戦闘で受けた損害賠償などを含むこれらの条件を米国が受け入れなければ、協議にすら応じない構えです。
 
イランのアラグチ外相も8月15日、現地メディアに「米国との交渉再開は決定されていない」と述べています。
 
米ポリティコが「選択肢はほぼ残っていない」と評したのも、うなずける状況です。
 


 

3. 形骸化する覚書と、迫る60日の交渉期限

 
6月の覚書に何が書かれ、それがどうなったのか。整理すると次のとおりです。
 

覚書の内容 現在の履行状況
レバノンを含むすべての戦線での即時かつ恒久的な停戦 米イランが散発的に交戦、レバノンでもイスラエルが軍事作戦
30日以内に米国がイランに対する海上封鎖を終結 海上封鎖は7月に再開
30日以内にホルムズ海峡の通航を戦闘前の水準に回復 イランによる事実上のホルムズ海峡封鎖が継続
米国がイラン制裁、資産凍結を解除 制裁、資産凍結が継続
核交渉を推進 交渉は進まず

……見事に全項目が未履行です。
 
日経新聞によれば、この覚書は合意を優先したために両国が都合よく解釈できる曖昧さを含んでおり、署名直後から互いに「相手が違反している」と指摘し合う事態が続いていたといいます。
 
直近の経緯も並べておきましょう。
 

時期(2026年) 出来事
6月17日 米イランが戦闘終結に向けた覚書に署名
6月21〜22日 米イランがスイスで協議
6月25〜28日 覚書後初めて攻撃の応酬
7月7日 米がイラン産原油などの禁輸措置復活を発表
7月12日 イランがホルムズ海峡を再封鎖
7月14日 米軍がイランの海上封鎖を再開
7月20日 イエメンの親イラン武装組織フーシがサウジアラビアに海上封鎖を宣言
8月8日 イランがホルムズ解放に制裁解除など6条件を提示

交渉期間は延長が可能とされていますが、シンクタンク・国際危機グループのアリ・バエズ氏は「現在の『戦争でも平和でもない』状況が今後数か月も続くとは考えにくい」と分析しています。良い方向に動く可能性も、悪い方向に振れる可能性も、どちらもあるということです。
 


 

4. ホルムズ海峡と日本の電気代は、どうつながっているのか

 
さて、ここからが本題です。「中東の話が、なぜ日本の電気代に関係するの?」と思われる方もいるかもしれません。順を追って説明しますね。
 
 

 日本のエネルギーは、いまも中東に支えられている

まず前提として、日本は一次エネルギー国内供給の約56%を石油と天然ガスに頼っています(2024年度速報値:石油34.8%、天然ガス・都市ガス20.8%。出典:資源エネルギー庁「令和6年度エネルギー需給実績(速報)」2025年12月12日)。
 
そして、その石油の調達先が問題です。日本の原油輸入の中東依存度は94.0%。さらに、ホルムズ海峡を通って運ばれてくる分だけを取り出しても93.0%にのぼります(出典:資源エネルギー庁「燃料調達をめぐる動向と電力・ガスの安定供給について」2026年3月27日)。
 
つまり日本に届く原油のほぼすべてが、あの海峡を通っているということです。ここが詰まるということの意味の重さ、伝わりますでしょうか。
 
発電の面から見ても構造は同じです。2024年度の電源構成は、LNG火力が32%、石炭火力が29%、石油等が7%。火力発電だけで約68%を占めています(出典:同上)。燃料価格の変動が、そのまま発電コストの変動になる構造です。
 
 

 LNGは「依存度は低いが、価格は連動する」

ではLNGはどうでしょう。実はここが誤解されやすいポイントです。
 
LNGの中東依存度は10.8%、そのうちホルムズ海峡を通るのは6.3%(カタール5.3%+UAE1.0%)にとどまります。オーストラリア39.7%、マレーシア14.8%と調達先が多角化しているためで、原油のような直撃は受けにくい構造です(出典:資源エネルギー庁 前掲資料/ホルムズ海峡依存度の内訳はジェトロ「日本のLNG輸入量のホルムズ海峡依存度は6.3%」2026年3月11日)。
 
「なんだ、それなら安心では?」と思われるかもしれません。ところが、そうはいきません。
 
数量として届くかどうかと、いくらで買えるかは別の話だからです。アジアのLNGスポット価格指標であるJKM(ジャパン・コリア・マーカー)は、中東情勢に非常に敏感に反応します。実際、今年3月のJKMは2月末の10ドル後半から急騰し、3月3日にはカタールのラス・ラファン工業地帯への軍事攻撃によるLNG輸出施設の稼働停止を受けて、25ドル前半と3年以上ぶりの高値を記録しました。その後も3月19日時点で25ドル半ばと、高値圏で推移しています(出典:JOGMEC「2026年3月:天然ガス・LNG関連情報」)。
 
わずか2週間ほどで倍以上。依存度が1割に満たなくても、価格はこれだけ動くのです。国内のLNG在庫は数週間分程度とされており、備蓄で長期間吸収できる性質のものでもありません。
 
原油価格そのものも、交渉の一言一言に反応し続けています。ブレント原油は4月中旬に一時1バレル103ドル前後まで上昇した後いったん落ち着きましたが、8月6日には「ホルムズ海峡合意に不透明感」として一時83ドル台まで上げ幅を拡大しました。報道が減っても、市場は静かに反応し続けているということです。
 
 

 燃料費調整制度と「3〜6か月のタイムラグ」

ここでぜひ知っておいていただきたいのが、燃料費調整制度の仕組みです。
 
電気料金は「基本料金+電力量料金+燃料費調整額+再エネ賦課金」で構成されています。このうち燃料費調整額は、原油・LNG・石炭の輸入価格(貿易統計)の3か月平均をもとに算定され、その約2か月後の料金に反映されます。
 
つまり、今日のニュースが電気代に表れるのは数か月先。「中東で何かあった」→「すぐ電気代が上がる」のではなく、静かに、しかし確実に、後からやってくるのです。新電力ネットのコラムでも、原油高の影響は「3〜6か月後に電力・ガス料金が上昇する」形で表れると指摘されています。
 
これが厄介なところで、報道が減って世間の関心が薄れた頃に、ちょうど請求書に効いてくる。今がまさにその時期にあたります。
 
参考までに直近の市場環境を挙げると、2026年8月9日の週で原油は78.86ドル/バレル、卸電力市場(JEPX)の価格は20.21円/kWh。電灯料金は2026年4月時点で25.94円/kWhとなっています。
 
 

 いま適用中の政府支援も確認しておきましょう

もうひとつ、家計や経費に直結する話を。政府による電気・ガス料金の負担軽減支援が、2026年7月使用分から再開しています。
 

使用分 電気(低圧) 電気(高圧) 都市ガス
2026年7月 3.5円/kWh 1.8円/kWh 14.0円/m³
2026年8月 4.5円/kWh 2.3円/kWh 18.0円/m³
2026年9月 3.5円/kWh 1.8円/kWh 14.0円/m³

出典:経済産業省「2026年7月、8月及び9月使用分の電気・ガス料金支援の実施に伴い、電気・都市ガス料金の値引きを行うことができる特例認可・承認を行いました」(2026年6月12日公表)
 
冷房需要のピークにあたる8月が最も手厚く、低圧で4.5円/kWhの値引きです。ちなみに今年の冬(2026年1〜3月使用分)も、低圧で1・2月が4.5円/kWh、3月が1.5円/kWhの支援が実施されていました(経済産業省 2025年12月16日公表)。
 
ここで注意していただきたいのが、10月以降の支援は本稿執筆時点で決まっていないということです。仮に支援が切れたタイミングで、ホルムズ海峡由来の燃料高が数か月遅れで反映されてくると、値上がりの体感はかなり大きくなります。この「二重の切り替わり」には、ぜひ気を配っておいてください。
 


 

5. 報道が減っても、備えは減らせない

 
ここまで読んでいただいた方はもうお気づきだと思いますが、状況は「解決」に向かっているわけではありません。米国民の意識調査でも、ロイターの世論調査で50%が今後1年間、中東の不安定化が続くと回答し、安定するとの回答は17%にとどまりました。58%はガソリン価格が上昇すると予想しています。
 
では、私たちに何ができるのでしょうか。地政学リスクそのものはコントロールできませんが、「燃料価格に振り回される幅」を小さくすることはできます。
 
・使用量そのものを減らす
 空調の設定温度、待機電力、照明のLED化、断熱。地味ですが、燃料単価が上がるほど1kWh削減の価値も上がります。とくに事業所では、高効率空調や省エネ設備への更新が効いてきます。
 
・使う時間帯を見直す
 法人のお客さまであれば、デマンド(最大需要電力)の管理が基本料金に直結します。ピークをずらすだけで年間コストが変わることも珍しくありません。
 
・料金プランの中身を理解しておく
 燃料費調整額に上限があるプランなのか、市場連動型なのか。これによって燃料高騰時の影響の出方はまったく異なります。ご自身の契約がどちらなのか、一度確認しておくことをおすすめします。
 
・自家消費という選択肢
 太陽光発電や蓄電池は、燃料価格の変動から一定の距離を取る手段になります。導入コストとのバランスは必要ですが、選択肢として知っておいて損はありません。
 
・情報を「切れ目なく」追う
 今回のように、報道が減ったからといってリスクが消えたわけではありません。原油・LNGの価格推移や燃料費調整額の告知をときどきチェックする習慣は、家計にも経営にも役立ちます。
 
私たち情熱電力も長野県松本市から、こうしたエネルギー情勢の変化をできるだけわかりやすくお伝えしていきたいと考えています。
 


 
まとめ
ホルムズ海峡をめぐる米国とイランの対立は、6月の覚書からほぼ何も履行されないまま、8月17日(本日)の交渉期限を迎えようとしています。米国が持つ軍事攻撃・経済圧力・外交交渉という3つの手段は、兵器の消耗、イランの「生き残り経済」、海峡の管理権をめぐる対立によって、いずれも出口を失っている状況です。
 
そして日本にとって、これは決して遠い国の話ではありません。輸入原油の94%が中東由来、うち93%はホルムズ海峡を通ってきます。電源構成の約68%を火力が占める以上、海峡の状況は発電コストに直結します。しかも燃料費調整制度には数か月のタイムラグがあるため、影響は静かに、後からやってきます。
 
大切なのは、報道の量とリスクの大きさは比例しないと知っておくこと。そのうえで、使用量の削減、ピークの平準化、契約プランの再確認といった、自分たちでコントロールできる部分を着実に整えておくことです。不確実な時代だからこそ、足元の備えが効いてきます。
 


 
情熱電力からのお知らせ
「うちの契約、燃料費調整額はどういう扱いになっているんだろう?」——今回の記事を読んで、そんな疑問が浮かんだ方もいらっしゃるかもしれません。
 
株式会社情熱電力では、電気料金の中身の見方から、事業所のデマンド管理、省エネのちょっとした工夫まで、お客さまの状況に合わせてご相談を承っています。「まずは今の請求書を見てほしい」というだけでも大丈夫です。難しい言葉はできるだけ使わず、ご納得いただけるまでご説明します。
 
気になる方は、お気軽にお声がけください。
 
TEL:0263-88-1183
お問い合わせ:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・新電力ネット:ホルムズ海峡が夏まで封鎖された日本企業のコストと電力に何が起きるかー 前編
・新電力ネット:ホルムズ海峡が夏まで封鎖された日本企業のコストと電力に何が起きるかー 後編
・日本経済新聞:米イラン覚書、迫る60日交渉期限 履行進まず遠いホルムズ海峡正常化
・エネフロ:ホルムズ海峡封鎖で電気料金はどう変わる?燃料費調整制度のしくみと今後の見通し
 

熊本地震で露呈した「再エネの盲点」|太陽光があっても停電に勝てない理由と家庭の電力自衛

 
太陽光パネルと蓄電池のある家
 
日本経済新聞に「熊本、非常電源足りず 再エネ普及も蓄電池少なく」という記事があったので調べてみました。2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震は、最大震度7を観測しながら、停電はおよそ3日でほぼ解消しています。数字だけを見れば「復旧は早かった」と言える災害でした。
 
それでも現地では、多くの被災者がクーラーの効く自動車に駆け込んだと報じられています。発生日の最高気温は36度超。停電がたった数日でも、真夏の停電は命に関わるという現実が突きつけられました。
 
そして意外なことに、舞台となった九州は全国でも太陽光発電がいち早く普及した地域です。屋根の上に発電設備があるのに、なぜ電気が使えなかったのか。そこには、再生可能エネルギーが抱える構造的な「盲点」がありました。
 
これは九州だけの話ではありません。今回は、熊本で起きたことを手がかりに、再エネと蓄電池の関係、そしてご家庭でできる「電力の自衛」について、電力会社の立場からわかりやすく整理してみます。
 


 
目次

 


 

1. 令和8年熊本地震で電力に何が起きたのか

 
まずは、実際に何が起きたのかを事実ベースで押さえておきましょう。
 
令和8年熊本地震が発生したのは2026年7月28日。熊本県宇城市と氷川町で最大震度7が観測されました。気象庁の公表情報などによれば、発生日の最高気温は36度超。震度7を観測した過去の地震を並べてみると、この「真夏」という条件がいかに特殊かがよくわかります。
 
阪神・淡路大震災(1995年1月)、東日本大震災(2011年3月)、能登半島地震(2024年1月)はいずれも発生日の最高気温が10度を下回る冬の災害でした。10年前の平成28年熊本地震(2016年4月)でも20度前後です。つまり今回は、震度7クラスの地震としては記録的に暑い環境下で起きた災害だったということになります。
 
 

 停電戸数は10年前の10分の1に

電力インフラ側の対応は、実は健闘したと言っていい内容でした。
 
九州電力送配電によると、最大で約4万8千戸あった停電は、発生から丸3日にあたる7月31日夕方にほとんどが解消しています。設備被害は電柱97本が折れたり傾いたり、7カ所の変電所で機器の一部が破損。ただし、送電の要である鉄塔には被害がありませんでした。
 
これは偶然ではありません。2016年の熊本地震では鉄塔が大きく傾いて送電できなくなる被害が発生しており、その教訓から鉄塔の補強工事が進められていたためです。結果として、最大停電戸数は10年前の10分の1にとどまりました。過去の災害を教訓にした投資が、そのまま被害の抑制につながった好例と言えます。
 
 

 「停電率」で見る過去の災害との違い

日本経済新聞は、その時点の停電戸数を最大停電戸数で割った「停電率」という指標で、過去の災害と復旧スピードを比較しています。数値が低いほど復旧が進んでいることを意味します。
 
発生3日目時点の停電率を並べると、災害ごとの違いが一目でわかります。
 

地震 発生時期 発生3日目の停電率
令和8年熊本地震 2026年7月 3%
平成28年熊本地震 2016年4月 3%
東日本大震災 2011年3月 12%
能登半島地震 2024年1月 76%

(出所)公表資料をもとにした日本経済新聞の試算
 
能登半島地震では道路の寸断などが復旧作業そのものを阻み、3日目でも76%という高い停電率が続きました。それと比べれば、今回の熊本の「3日でほぼ解消」は、過去の災害の中でも短い部類に入ります。
 


 

2. 復旧は早かった。それでも足りなかったもの

 
ここからが本題です。
 
復旧は早かった。にもかかわらず、多くの被災者がクーラーの使える自動車に避難し、家庭や避難所では非常用電源の不足が露呈しました。なぜでしょうか。
 
答えはシンプルで、「3日」という時間が、真夏には長すぎるからです。
 
冬の災害であれば、着込む、毛布を重ねる、カイロを使うといった電気を使わない対処法がある程度は機能します。しかし猛暑の停電では、エアコンも扇風機も止まり、冷蔵庫の中身も傷みます。熱中症は屋内でも発症し、高齢者や小さなお子さんほどリスクが高くなります。「数日で復旧するから大丈夫」が通用しないのが、酷暑下の停電なのです。
 
つまり今回の熊本地震は、電力インフラの復旧力ではなく、復旧までの数日間を各家庭がどう凌ぐかという、これまであまり正面から議論されてこなかった論点を浮かび上がらせた災害でした。
 
みなさんのご家庭では、真夏に3日間電気が止まったとき、どう過ごすか想像したことがあるでしょうか。
 


 

3. 再エネ先進地・九州が抱えていた盲点

 太陽光は普及、蓄電池は1%未満

 
自宅で発電できる太陽光発電は、以前から災害時の非常用電源としても期待されてきました。実際、九州は日照条件に恵まれ、太陽光発電がいち早く普及した地域です。
 
環境省の調査によると、太陽光システムを使っている家庭の割合は2023年度で九州が8.5%。全国平均の6.3%を上回っています。資源エネルギー庁の資料では、九州の再生可能エネルギー導入量は2025年度で1300万キロワット超と、東京・中部エリアに次ぐ規模に達しています。
 
それでも非常用電源が足りなかった。理由は、太陽光発電の一番の弱点にあります。夜は発電しないということです。
 
太陽光でつくった電気を夜間に使うには、蓄電池が欠かせません。ところが、三菱総合研究所の調査結果などをもとに単純計算すると、2024年時点で建築済みの全国の戸建てにおける家庭用蓄電池の導入率は1%に満たないと予測されています。
 
発電設備は普及したのに、貯める仕組みがほぼ空白。これが、記事の言う「再エネの盲点」の正体です。
 
 

 出力制御と非常用電源、実は同じ課題

もうひとつ、九州には象徴的なデータがあります。「出力制御率」です。
 
出力制御とは、電気が余りすぎて需給バランスが崩れるのを防ぐため、太陽光や風力の発電を一時的に止めてもらう仕組みのこと。資源エネルギー庁の資料などによれば、九州の出力制御率は導入量の拡大とともに上昇し、直近では数%規模で推移しています。
 
せっかく発電した電気を捨てている一方で、災害時には電気が足りなくて困る。一見まったく別の問題に見えますが、原因は同じです。つくった電気を貯めておく手段が足りていない。
 
蓄電池は「災害対策のオプション」ではなく、再エネを主力電源にしていくうえで避けて通れないインフラである。熊本の一件は、そのことを実感を伴って示したと言えます。
 


 

4. なぜ日本の家庭に蓄電池が広がらなかったのか

 
では、なぜここまで蓄電池の普及が遅れたのでしょうか。理由は大きく2つあります。
 
ひとつは価格です。家庭用蓄電池は、持ち運べるポータブルタイプで数十万円、家に据え付ける定置用では100万円以上と高止まりしています。日本では長らく家庭用蓄電池向けの補助制度が十分には整っておらず、価格が下がりにくい状況が続いてきました。
 
もうひとつは、皮肉なことに日本の電力インフラの品質が高すぎたことです。
 
東京電力ホールディングスによると、1軒当たりの停電回数は2023年度で年平均0.1回程度。10年に1回しか停電しない計算です。これに対して米国カリフォルニア州は1.68回、フランスは0.57回と大幅に上回ります。
 
停電がほとんど起きない国では、非常用電源にお金を払う動機が生まれにくい。当然の話です。ただし、その前提は「災害が起きなければ」という条件つきでした。
 
なお、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)を蓄電池代わりに使う手もあります。実際、今回も車が避難先になりました。ただしエネチェンジの試算では、人口1万人あたりのEV普及台数は熊本県の場合で50台程度とされ、地域全体をカバーできる規模には至っていません。
 


 

5. インフラ側にも限界がある 人手不足と無電柱化コスト

 
「電力会社がもっと頑張ればいいのでは」と思われるかもしれません。ここは、電気を扱う私たちとしても正直にお伝えしておきたい部分です。
 
今回、九州電力送配電は協力会社を含め最大約1500人態勢で復旧にあたりました。しかし送配電を担う人材は全国的に不足しており、現在と同じ復旧対応を将来も維持できるかは不透明だと指摘されています。
 
設備面のハードルも高いままです。電柱の建設費は1キロメートル当たり約2000万円ですが、災害に強い電柱の地中化(無電柱化)となると、最大で10倍の費用がかかるとされています。電力大手10社の送配電会社で構成する送配電網協議会によると、無電柱化に向けた5カ年計画の進捗率は50〜60%にとどまる見通しで、物価高でさらに費用が膨らむ恐れもあります。
 
まとめると、こういうことになります。
 
・電力インフラの復旧力は世界最高水準だが、それでも数日はかかる
・人手不足とコスト高で、今の水準を将来も維持できる保証はない
・その数日を凌ぐ手段は、各家庭側にしかない
 
だからこそ、国が音頭をとって家庭の電力自衛を後押しする必要がある、というのが記事の結論でした。ここは私たちも同感です。
 


 

6. 今日からできる「家庭の電力自衛」ステップ

 
とはいえ、いきなり100万円の蓄電池を検討しましょうという話ではありません。費用と効果のバランスを見ながら、段階的に考えるのが現実的です。
 
ステップ1:まず「何時間もたせたいか」を決める
冷蔵庫だけを守るのか、エアコン1台を動かしたいのか、スマホと照明が確保できればいいのか。必要な電力量はまったく変わります。目的が決まらないまま製品を選ぶと、確実に過不足が出ます。
 
ステップ2:ポータブル電源から始める
数万円〜数十万円で導入でき、工事も不要です。スマホの充電、扇風機、LED照明、小型冷蔵庫程度なら十分カバーできます。まずここから、というご家庭は多いはずです。
 
ステップ3:太陽光をお持ちなら「自立運転モード」を今すぐ確認
これは費用ゼロでできる最重要チェックです。住宅用太陽光の多くには、停電時でも日中は自立運転コンセントから電気を取り出せる機能があります。ただし、いざという時に操作方法がわからず使えなかった、という声は毎回の災害で聞かれます。取扱説明書の該当ページに付箋を貼っておくだけで、備えの質が変わります。
 
ステップ4:定置用蓄電池・V2Hは補助金とセットで検討する
100万円以上という価格は確かに高額ですが、国や自治体の補助制度を組み合わせることで負担は変わります。制度は年度ごとに内容が変わるため、検討時点での最新情報を確認するのが鉄則です。長野県のような寒冷地では、冬の停電で暖房が止まるリスクもありますから、夏と冬の両方を想定して考えたいところです。
 
ステップ5:電気の使い方そのものを見直す
意外に見落とされがちですが、普段の電力使用量が少ない家庭ほど、非常時に必要な蓄電容量も小さくて済みます。省エネ性能の高い家電への買い替えや、契約プランの見直しは、日々の電気代削減と災害時の備えの両方に効いてきます。
 


 
まとめ
2026年7月の令和8年熊本地震は、最大約4万8千戸の停電が3日でほぼ解消するという、過去の災害と比べても早い復旧を実現しました。鉄塔の補強工事という10年前の教訓が確実に効いた結果です。
 
それでも、多くの被災者が涼を求めて自動車に避難しました。発生日の最高気温は36度超。酷暑下では、たった数日の停電でも命に関わるという新しい現実が明らかになりました。
 
そして舞台となった九州は、家庭用太陽光の普及率が全国平均を上回る再エネ先進地でした。それなのに非常用電源が足りなかった。原因は、発電設備は増えても電気を貯める蓄電池がほとんど普及していないことにあります。全国の既築戸建てにおける家庭用蓄電池の導入率は、1%に満たないと見られています。
 
電力インフラの復旧力は世界最高水準ですが、人手不足や無電柱化コストの壁もあり、万能ではありません。だからこそ、復旧までの数日をどう凌ぐかという「家庭の電力自衛」が現実的なテーマになってきます。
 
まずは費用ゼロでできる太陽光の自立運転モードの確認から。次にポータブル電源、そして補助制度を踏まえた蓄電池の検討へ。順番に進めれば、無理のない備えができます。
 


 
情熱電力からのお知らせ
株式会社情熱電力は、長野県松本市を拠点とする地域密着の新電力会社です。
 
「うちの契約プランは今の使い方に合っているのか」「太陽光や蓄電池を入れると電気代はどう変わるのか」「そもそも我が家の電気の使い方って多いの、少ないの」。そんな素朴な疑問にも、専門用語をできるだけ使わずにお答えしています。
 
災害への備えも、電気代の見直しも、出発点は「自分の家がどれだけ電気を使っているかを知ること」です。まずはそこから、一緒に整理してみませんか。しつこい売り込みはいたしませんので、気になる方はお気軽にご相談ください。
 
TEL:0263-88-1183 お問い合わせ:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・日本経済新聞:熊本、非常電源足りず 再エネ普及も蓄電池少なく
・内閣府(防災情報のページ):家庭における地震時等の停電対策について
 

白馬はなぜ「日本民宿発祥の地」に?JA大北に見る地域密着ビジネスと地方創生のヒント

 
白馬 北アルプス
 
日経BPに「こんな修学旅行がしたかった!大自然に包まれ農家民宿で本物を学ぶ、JA大北」という記事があったので調べてみました。舞台は、登山やスキーで知られる長野県白馬村。実は白馬は「日本民宿発祥の地」と呼ばれ、約50年前から都会の子どもたちを農家民宿に迎え入れてきた歴史があります。近年は修学旅行や校外学習の受け入れ校が増加し、地元JAである「JA大北」が地域を挙げてその仕組みを支えているそうです。少子高齢化や後継者不足が進むなかで、なぜこの取り組みは今も選ばれ続けているのでしょうか。地域資源を活かしたビジネスのあり方は、私たち情熱電力が大切にしている「地域密着」の姿勢とも重なる部分が多くあります。今回は、JA大北の取り組みから見えてくる、地方創生と教育のヒントをまとめてみました。
 


 
目次

 


 

1. 白馬はなぜ「日本民宿発祥の地」と呼ばれるのか

 
白馬村と聞くと、多くの方が真っ先に思い浮かべるのはスキーや登山ではないでしょうか。実はこの白馬、「日本民宿発祥の地」とも呼ばれていることをご存じですか。
 
1930年代、登山道や山小屋の整備が進み、現在のJR大糸線が開業したことで、登山客の来訪が空前のブームを迎えました。その受け入れ先となったのが、麓にあった案内人の家です。1937年、これらの家16軒が行政の許可を受けて民宿として公式に営業を始めたことが、「発祥の地」と呼ばれる由縁とされています。
 
1960年前後にはスキー場の開発が本格化し、観光客数が急増しました。村の統計によると、1960年には年間50万人に満たなかった観光客数が、10年後の1970年には5倍以上にまで膨れ上がったといいます。
 

年 年間観光客数(村統計)
1960年 50万人未満
1970年 250万人以上(1960年の5倍以上)

この急増する観光需要を受け、農業のかたわら民宿経営に乗り出したのが地元の農家でした。これが、現在まで続く「農家民宿」の始まりです。
 


 

2. JA大北が仕掛ける教育旅行、農家民宿を束ねる仕組み

 
長野オリンピックが閉幕した1998年以降、白馬の観光客数は右肩下がりに転じます。とりわけスキーシーズンと夏を除く春や秋は、農家民宿にとって集客が難しい時期でした。ただ、この時期は農繁期でもあり、労力はむしろ農業生産に割きたいというのが本音だったそうです。
 
そこで白馬の農家民宿が目を向けたのが、学校行事の受け入れでした。毎年恒例の行事であれば安定した需要が見込め、受け入れ人数も農家側でコントロールしやすくなります。個々の農家では対応が難しくても、地域を束ねる存在があれば、分宿を前提に受け入れることができる。その役割を担ってきたのが、地元のJA大北です。
 
JA大北旅行センターのセンター長である中村綾太氏によると、学校側からの依頼を受けて農家民宿を手配するのはJA大北の仕事だといいます。受け入れ校数は年度によって増減があるものの、直近では前年度の8校から11校へと増加しているそうです。都会から訪れるのはおもに中学生で、白馬村内の農家が営む民宿に最短でも1泊2日で滞在し、農作業やものづくり、食づくりといった各農家独自のプログラムを体験します。
 
農家民宿は白馬村内の3つの集落ごとにまとまって立地しており、集落間は最も離れていても車で20分ほどの距離です。ひとつの学校が複数の集落にまたがって分宿する場合でも、教員が車や電動自転車で巡回しながら効率よく生徒を見守れる体制になっています。
 


 

3. 農家民宿がもたらす教育効果と地域経済への貢献

生徒たちに芽生える「生きる力」

 
JA大北が白馬での体験を提供する狙いは大きく2つあるといいます。ひとつは、自然環境に身を置いて都会との違いを実感してもらうこと。もうひとつは、農家との交流を通じて新たな発見を得てもらうことです。中村氏は「学校の中で接する大人は教員がほとんどですが、社会にはもっと多様な『正解』があるはずです。そこに気付いてほしい」と語っています。
 
農家民宿1軒あたりの受け入れ人数はおよそ7〜8人程度で、農家と生徒の距離が近いのも特徴です。実際に、自己肯定感が低く引きこもり気味だった生徒が修学旅行にだけは参加し、前向きな気持ちで帰宅したケースや、帰宅後に自ら進んで家の手伝いをするようになったケースもあるそうです。豊かな自然環境のなかで、都会では味わえない体験を重ねることが、生徒の成長につながっているのかもしれません。
 
 

農家の所得向上と地域の活性化

 
教育旅行の受け入れは、農家にとって農業と両立しやすい収入源にもなっています。学校行事という安定した需要を地域全体で束ねることで、農家の所得向上という目的も果たせるというわけです。
 
さらにJA大北は、送り出し側の学校法人や旅行会社とも長年にわたり連携を重ねてきました。東京都内の中学校では、総合的な学習活動の一環として毎年白馬での宿泊体験を継続しているケースもあり、こうしたリピーターの存在が地域経済を下支えしているといえそうです。
 


 

4. 農家民宿を取り巻く課題、減少する担い手とどう向き合うか

 
一方で、農家民宿を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。中村氏によると、受け入れ先として登録されている農家民宿はおよそ35軒ありますが、実際に受け入れに対応できる農家は30軒を切っているそうです。農家の高齢化や後継者不足、観光客数の減少が背景にあるとみられます。
 
こうした状況のなか、JA大北は受け入れを止めた農家に再登板を促したり、学校行事の受け入れ時に限って営業してもらえるよう働きかけたりと、必要な農家民宿の確保に力を注いでいるといいます。あわせて重要なのが安全管理です。とくに食物アレルギーへの対応では、学校側から旅行会社経由で得た情報と、農家民宿側が提示する食事内容を照らし合わせ、支障があれば見直しを求めているそうです。
 
受け入れ当日には、教員の要請の有無にかかわらず農家民宿を巡回し、農家側の表情から負担の大きさを見極めることも欠かさないといいます。ここには、「農家民宿の負担を和らげることで、生徒に提供する体験価値の向上を図りたい」という一貫した姿勢がうかがえます。
 


 

5. 地域資源を活かした地域密着ビジネスから見えるヒント

 
JA大北の取り組みを振り返ると、いくつかの共通点が見えてきます。
 
・地域にもとから存在する資源(自然環境や農家の暮らしそのもの)を、外部の力に頼りすぎずに価値へと転換していること ・農家一軒一軒では難しいことも、地域を束ねる存在(JA大北)が間に立つことで実現していること ・経済合理性だけでなく、受け手(生徒)と担い手(農家)の双方に無理のない関係を築こうとしていること
 
これらは、規模の大小を問わず、地域に根ざしたビジネスを続けていくうえで参考になる考え方ではないでしょうか。私たち情熱電力も、長野県松本市を拠点に、お客様との距離の近さを大切にしながら電力小売サービスを届けています。地域の資源や関係性を大切にしながら事業を続けるという点で、JA大北の取り組みには学ぶところが多いと感じます。
 


 
まとめ
白馬村は「日本民宿発祥の地」と呼ばれ、約50年にわたり都会の子どもたちを農家民宿で受け入れてきました。長野オリンピック以降の観光客数の落ち込みをきっかけに、JA大北は学校行事という安定需要に着目し、地域の農家民宿を束ねる仕組みを整えてきたそうです。生徒にとっては、教員以外の多様な大人と出会い「生きる力」を育む学びの場となり、農家にとっては農業と両立しやすい収入源となる。まさに教育と地方創生が重なり合う取り組みといえそうです。一方で、農家民宿の担い手不足という課題も抱えており、JA大北は再登板の呼びかけや食物アレルギーへの対応、当日の巡回による安全管理の徹底など、地道な取り組みを続けています。もとからある地域資源を、無理のない形で価値へと転換し続けるという姿勢は、業種を問わず地域に根ざした事業を営むうえでのヒントになりそうです。
 


 
情熱電力からのお知らせ
情熱電力のこのお知らせページでは、情熱電力が注目した電気に関連した様々な事柄をピックアップして掲載させていただいております。地域に根ざした取り組みや暮らしに役立つ情報を、これからも分かりやすくお届けしてまいります。ぜひあわせてご覧ください。
 
情熱電力のお知らせページ:https://jo-epco.co.jp/info/
 
 
この記事に関連するページリンク
・日経BP:未来開墾ビジネスファーム こんな修学旅行がしたかった!
・農林水産政策研究所:都市農村交流(移住・農泊)
 

消費税減税で家計は本当に楽になる?賃上げしても手取りが増えない理由と所得税減税という選択肢

 
消費税減税で家計は本当に楽になる?
 
私が年に何度かセミナーに参加させていただいている小宮コンサルタンツのメールマガジンに「消費税減税で日本は良くなるのか?~国民に内緒で事実上の増税を続ける政府への提案~」という記事があったので調べてみました。
 
2026年8月5日、政府は飲食料品の消費税率を2027年4月から2年間に限って1%に引き下げる基本方針を臨時閣議で決定しました。ニュースを見て「少しは家計が楽になるかな」と思われた方も多いのではないでしょうか。
ただ、この記事を読んで調べていくうちに、私たちが感じている「働いても、賃上げされても、なぜかお金が残らない」というモヤモヤの正体は、消費税だけではなさそうだということが見えてきました。鍵になるのは、所得税の「超過累進課税」という仕組みです。
 
今回は電気とは少し離れたテーマですが、電気代も食費もひっくるめた「家計の手取り」の話。私たち電力会社にとっても、お客様の暮らしに直結する大事なテーマです。数字を追いながら、一緒に考えてみませんか。
 


 
目次

 


 

1. 8月5日に決まった「食料品の消費税1%」とは何か

 
まず、今回の決定内容を整理しておきましょう。
 
2026年8月5日、政府は臨時閣議で、飲食料品にかかる消費税率を2027年4月1日から2年間に限り、現行の8%から1%へ引き下げる基本方針を決定しました。期間は2029年3月末まで。外食と酒類は対象外となる見通しです。
 
さらに、1%分に相当する年約6,000億円を中低所得者への現金給付で還元し、食料品にかかる税負担を「実質ゼロ」に近づける構想もセットになっています。そして2029年度からは「給付付き税額控除」の本格導入が予定されています。減税と給付を合わせた財政規模は、年5兆円前後という試算が報じられています。
かなり大きな政策です。ただ、金融マーケットや世論の反応は、意外にも懐疑的でした。「本当に効果があるのか」「財源はどうするのか」という声です。
 
そこで今回は、元記事の問題提起にならって「消費税減税以外に、家計の負担を軽くする手段はないのか?」という視点で調べてみました。
 


 

2. 賃上げしているのに手取りが増えない、本当の理由

 
ここ数年、日本の賃上げは着実に進んでいます。連合の2026年春季生活闘争・最終集計(2026年7月1日時点、5,368組合)では、平均賃上げ率は5.01%。3年連続で5%台を達成しました。組合員300人未満の中小企業でも4.69%と、前年同時期を上回っています。
 
厚生労働省の毎月勤労統計を見ても、名目賃金(現金給与総額)は前年比プラスが続いており、2026年に入ってからは物価変動を除いた実質賃金もプラス圏に転じています。
 
数字の上では、確かに良くなっているんです。
 
それなのに、「給料は上がったはずなのに、財布の中身は変わらない」と感じている方が多い。この感覚のズレはどこから来るのでしょうか。
 
答えのひとつが、所得税の「超過累進課税」という仕組みです。
 
 

課税所得700万円の人が5%賃上げされたら、手取りはいくら増える?

日本の所得税は、課税所得が大きくなるほど税率が段階的に上がる設計になっています。国税庁の速算表によると、税率はこうなっています。
 

課税される所得金額 税率 控除額
1,000円 〜 194万9,000円 5% 0円
195万円 〜 329万9,000円 10% 9万7,500円
330万円 〜 694万9,000円 20% 42万7,500円
695万円 〜 899万9,000円 23% 63万6,000円
900万円 〜 1,799万9,000円 33% 153万6,000円
1,800万円 〜 3,999万9,000円 40% 279万6,000円
4,000万円以上 45% 479万6,000円

出典:国税庁「No.2260 所得税の税率」(令和7年4月1日現在法令等)
 
では、課税所得700万円の方が5%の賃上げを受けたケースで、かなり単純化して計算してみます。
 
7,000,000円 × 1.05 = 7,350,000円。増加分は35万円です。
 
この35万円から、何が引かれるのか。
 
・所得税:700万円は23%の税率帯なので、増えた35万円にも23%。350,000 × 0.23 = 約8万500円
・住民税:所得割の標準税率は10%。350,000 × 0.10 = 3万5,000円
・社会保険料:健康保険・厚生年金・雇用保険の本人負担は給与増加分の約15%とされています。
350,000 × 0.15 = 約5万2,500円
 
差し引くと、350,000 − 80,500 − 35,000 − 52,500 = 18万2,000円
 
年間の手取り増は約18万円、月あたりにすると約1万5,000円です。35万円上がったはずが、手元に残るのはその半分ちょっと。「実感が湧かない」と言われるのも無理はありません。
 
なお、この試算はあくまで大づかみなものです。実際には社会保険料は所得控除の対象なので所得税・住民税の課税ベースが下がり、手取りの目減りはもう少し小さくなります。逆に所得税には復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)が上乗せされます。標準報酬月額は等級刻みなので、きれいに比例するわけでもありません。あくまで「ざっくりこういう構造になっている」という理解でお読みください。
 
ポイントは、賃上げされた分の一部は、自動的に税と社会保険料に持っていかれる構造になっているということです。
 
 

「103万円→160万円→178万円」年収の壁は動いている

公平を期すためにお伝えしておくと、政府もこの点に何も手を打っていないわけではありません。
 
所得税がかかり始める「年収の壁」は、令和7年度税制改正で103万円から160万円に引き上げられ、令和8年度税制改正でさらに178万円まで引き上げられました。しかも今回の改正では、控除額を2年ごとに消費者物価指数に応じて見直す「物価スライド制」が導入されています。
 
つまり「所得税減税は何もされていない」わけではなく、課税最低限のほうから手が入っているというのが正確な現状です。ただ、これは主に低所得層・パート層に効く仕組み。中間層の税率そのものは動いていません。
 


 

3. 消費税を下げても、店頭価格は下がらないかもしれない

 
さて、本題の消費税減税に戻ります。
 
消費税減税に期待が集まる背景には「物価高」があります。値段が上がっているところに税がかかる負担を減らそう、しかも全世帯に広く恩恵が行き渡る──理屈としては筋が通っています。
 
ただ、元記事が指摘していた懸念は、なるほどと思わされるものでした。
 
消費税が下がっても、店頭価格が下がるとは限らない、という指摘です。
 
小売店は商品を仕入れる際にも消費税を負担しており、販売価格はそれを含めて設定されます。加えて近年は、包装資材や消耗品の値上がり、物流コストの上昇、人手不足による人件費・採用費の増加など、店を運営するためのコストが軒並み上がっています。
 
この状況で税率が下がったとき、事業者が「値下げの余地ができた」と考えるか、「上がったコストを吸収できる」と考えるか。後者になる可能性は十分にあります。そうなると、レジで支払う金額は変わらない、あるいは増えることさえあり得ます。
 
もちろん、これはひとつの見方です。競争の激しい業態では価格に反映されるでしょうし、政府も転嫁状況を注視するとしています。それでも、「税率が下がった分だけ確実に安くなる」と考えるのは楽観的かもしれません。
 
 

電気代の消費税は10%のまま、という現実

ここは電力会社として、どうしてもお伝えしておきたい点です。
 
今回の減税対象は飲食料品のみです。電気代・ガス代・水道代といった光熱費は軽減税率の対象外で、消費税10%がかかったままになります。
しかも電気代のほうは、別の要因で上昇圧力がかかっています。2026年度の再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)の単価は4.18円/kWhと、初めて4円台に乗り、過去最高を更新しました。月400kWh使うご家庭なら、賦課金だけで月1,672円、年間で約2万円の負担です。
 
つまり、食料品の消費税が実質ゼロに近づいたとしても、家計のもうひとつの固定費である電気代は、その恩恵の外側にあるということです。ここは知っておいていただきたいところです。
 


 

4. 「所得税を下げたほうが効くのでは?」という仮説を検証する

 
元記事が提示していた仮説は、こういうものでした。
 
1.日本全体で賃上げが起きる
2.超過累進課税により所得税収が自然に増える
3.政府の税収が増える
4.その一部を減税で国民へ戻す
5.手取りが改善し、消費を支える
 
現金給付は一時的な効果にとどまります。消費税減税は、前述のとおり価格に反映されない可能性がある。それに対して所得税の減税は、毎月の給与明細に直接効いてくる──だから「手取りの実感」につながりやすい、という論理です。
 
 

税率を3%下げると、手取りはいくら増えるのか

具体的に、課税所得330万円超〜695万円以下の帯(現在20%)を17%に下げたと仮定して計算してみましょう。
 
ここは丁寧に見る必要があります。超過累進課税なので、下がるのは330万円を超えた部分だけです。減税額はおおよそ「(課税所得 − 330万円)× 3%」になります。
 
・課税所得400万円の方 → 約2万1,000円
・課税所得500万円の方 → 約5万1,000円
・課税所得695万円の方 → 約10万9,000円
 
「一律で年10万円得する」というわけではなく、帯の上限に近い方ほど恩恵が大きくなる形です。とはいえ、年間数万円が毎月の給与に分散して戻ってくるインパクトは、決して小さくありません。
 
さらに、5%(195万円以下)・10%(195万円超〜330万円以下)の帯を下げれば、生活に負担を感じている層に直接届きます。「手取りが増えた」という実感を得やすいという意味では、確かに理にかなった発想だと感じます。
 
 

財源は「賃上げによる自然増収」で賄えるのか

もちろん、ここでも財源の問題が立ちはだかります。
 
元記事の試算では、330万円超〜695万円以下の層は約1,500万〜2,000万人、全納税者の25〜35%程度で、3%減税による減収は1.5兆〜3兆円程度とされています(元記事による概算です)。
 
一方、賃上げによる自然増収はどのくらいでしょうか。ここは実際の予算データで確かめられます。
 
財務省の資料によると、一般会計の所得税収は令和7年度当初予算で23兆2,870億円、令和8年度当初予算で25兆3,250億円。1年で約2兆円増える見込みです。ちなみに令和8年度の税収総額は83兆7,350億円、うち消費税が26兆6,880億円、法人税が20兆6,960億円となっています。
 
税率を上げていないのに、所得税収は毎年増えている。この2兆円という自然増収は、3%減税の財源1.5兆〜3兆円と十分に射程が重なる規模です。少なくとも「消費税減税+給付で年5兆円規模」という話に比べれば、財源のハードルは低いと言えそうです。
 


 

5. 気づかないうちに進む「事実上の増税」を税収データで確かめる

 
元記事のタイトルにあった「国民に内緒で事実上の増税を続ける政府」という表現。刺激的ですが、データを見ると言わんとするところは理解できます。
 
日本の所得税は、税率を一切変えなくても、国民の所得が上がれば税収が自動的に増える設計になっています。しかもインフレ局面では、物価が上がった分だけ名目賃金が上がり、実質的には豊かになっていなくても、より高い税率帯に押し上げられていく。経済学で「ブラケット・クリープ」と呼ばれる現象です。
 
実際、所得税収は令和7年度当初の23.3兆円から令和8年度当初の25.3兆円へ。増税法案を一本も通すことなく、これだけ増える見込みになっています。
 
「賃上げをして一番得をしているのは政府ではないか」──そう言いたくなる気持ちも、わからなくはありません。
 
もっとも、前述のとおり基礎控除には物価スライド制が導入されました。これはブラケット・クリープへの対応策そのものです。方向としては正しい一手が打たれ始めている、という見方もできます。
 
企業が業績を上げたら社員に還元するように、国も税収が自然に増えた分を国民に戻す。そういう考え方があってもいいのではないか。元記事のこの提案には、一考の価値があると感じました。
 


 

6. 私たちにできるのは「手取り」と「固定費」の両輪

 
とはいえ、税制は私たち一人ひとりが明日から変えられるものではありません。
 
家計を守る方法は、突き詰めると2つしかありません。入ってくるお金(手取り)を増やすか、出ていくお金(固定費)を減らすかです。
 
手取りのほうは、今回見てきたとおり税制に大きく左右され、個人でコントロールできる範囲は限られています。iDeCoや生命保険料控除といった所得控除の活用、ふるさと納税など、打てる手がないわけではありませんが、劇的とは言いにくい。
 
一方、固定費のほうは違います。電気代は毎月必ず出ていくお金であり、契約プランや使い方の見直しで、比較的すぐに結果が出やすい支出です。
 
・契約アンペア数が実際の使用実態に合っているか
・ライフスタイルに合った料金プランになっているか
・冷暖房の設定や給湯の使い方に、無理のない改善余地はないか
・法人であれば、高圧・低圧の契約区分やデマンド管理は最適か
 
食料品の消費税が1%になるのは2027年4月から。それまでの期間も、そしてその後も、電気代には消費税10%がかかり続けます。だからこそ、電気代の見直しは「今すぐ着手できて、効果が続く」対策なのです。
 
長野県松本市で新電力として地域のお客様と向き合っていると、「電気代って、そもそもどういう内訳なんですか」というご質問をよくいただきます。仕組みがわかると、どこに手を入れれば効くのかが見えてきます。まずは知ることから、で十分だと思っています。
 


 
まとめ
2026年8月5日、政府は飲食料品の消費税を2027年4月から2年間1%に引き下げる方針を閣議決定しました。しかし小売価格は仕入れコストや人件費の上昇を織り込んで決まるため、税率が下がった分だけ安くなるとは限りません。
 
一方、「賃上げしても実感が湧かない」原因のひとつは所得税の超過累進課税にあります。課税所得700万円で5%賃上げされても、税と社会保険料を引いた手取り増は年約18万円、月約1万5,000円にとどまります。所得税率を3%下げれば課税所得500万円で年約5万円、695万円で年約11万円が手元に残る計算で、財源も所得税収の自然増収(令和7年度から令和8年度で約2兆円増)と規模が重なります。
 
そして忘れてはいけないのが、電気代の消費税は10%のままだということ。再エネ賦課金も2026年度は4.18円/kWhと過去最高です。制度が変わるのを待つ間も、固定費の見直しは今日から始められます。
 


 
情熱電力からのお知らせ
食料品の消費税が下がっても、電気代にかかる消費税は10%のまま。だからこそ、電気代そのものの見直しは家計にも経営にも効いてきます。
 
情熱電力では、「うちの電気代、これって高いの?」「契約プランが合っているのかわからない」といったご相談を、専門用語をできるだけ使わずにお受けしています。ご家庭でも事業所でも構いません。検針票をお手元にご連絡いただければ、今の契約状況を一緒に確認するところから始められます。
 
気になる方は、お気軽にご相談ください。
 
TEL:0263-88-1183 お問い合わせフォーム:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・財務省:令和8年度予算政府案 令和8年度予算のポイント 
・内閣官房:「給付付き税額控除」の制度導入の基本方針
・厚生労働省:毎月勤労統計調査 (名目賃金・実質賃金の最新の前年比データが確認できます)
・経済産業省:2026年度の賦課金単価 (ページ最下段)
・小宮コンサルタンツ:消費税減税で日本は良くなるのか?
 

AIデータセンターと半導体が奪い合う「水」 熊本の地下水涵養に学ぶ共存のかたち

 
熊本の地下水涵養に学ぶ共存のかたち
 
複数の気になる記事を見つけたので、まとめて調べてみました。日本経済新聞の「AIデータセンター拡大の副作用、世界で水争奪戦 問われる共存」と、「ソニーG、熊本で『地下水増やす』 TSMCも追随する半導体と水戦略」の2本です。
AIやデータセンターの話題というと、どうしても「電力をどれだけ使うのか」に関心が集まりがちですよね。私たち電力会社も、そこばかり見てしまいます。でも、この2本の記事を並べて読んで、はっとしました。AIも半導体も、電気と同じくらい「水」を必要とする産業なのです。
そして世界では、その水をめぐって静かな争奪戦が始まりつつある。一方で日本の熊本には、20年以上前から「使った分より多く水を地下に還す」ことを続けてきた企業がありました。
これは遠い国の話ではなく、日本のものづくりと、私たちの暮らしの土台の話です。今回はこの「電気の次に来る資源問題」を、一緒に見ていきましょう。
 


 
目次

 


 

1. AIの裏側で始まっている「水の争奪戦」

 
ChatGPTをはじめとする生成AIを、もう日常的に使っているという方も多いと思います。あの回答が返ってくる裏側では、世界中のデータセンターで大量のサーバーが動いています。
 
そのデータセンターが、いま猛烈な勢いで水を飲み込んでいます。
 
日本経済新聞の報道によると、国際エネルギー機関(IEA)は、データセンターを運営するために世界で年間およそ5600億リットルの水が使われており、2030年には約1兆2000億リットルに増えると予測しています。東京都の家庭で使われる水は1人あたり年間およそ8万リットルとされますから、計算上、世界のデータセンターはすでに東京都民約700万人分の水を使っている計算になります。そして2030年には、東京都民全体を上回る量になる見込みです。
 
「電気を食う」だけでなく「水も飲む」。これがAI時代のインフラの姿なんですね。
 
 

データセンターは何に水を使っているのか

 
用途は大きく2つあります。
 
・冷却用の水:サーバーは動けば動くほど発熱します。とくにAI処理を担うサーバーは発熱量が大きく、空冷より熱伝導が効率的とされる水冷式を採用するデータセンターが急増しています
・発電にともなう水:電気をつくる過程でも水は使われます。とくに再生可能エネルギーへのシフトが水力発電の利用拡大につながっている面もあります
 
IEAは、データセンターでの水消費量の3分の2はエネルギー(発電)を通じて、4分の1は直接の冷却用に使われているとみています(日本経済新聞の報道による)。
 
ここ、少し立ち止まって考えたいところです。「CO2排出が問題だから再エネへ」という流れ自体は正しいのですが、その先で水という別の資源に負荷が移っている側面もある。環境対策は、どこか一点だけを見ていると全体を見誤るということですね。
 
 

世界のデータセンターの4割が「水が足りない場所」に

 
問題をややこしくしているのが、立地です。
 
電力消費量で見ると、データセンターの45%は米国、25%は中国、15%は欧州が占めるとされます。ところが、これらが水の豊かな場所に建っているとは限りません。世界のデータセンターの4割が、水の需給が逼迫している地域にあるという試算もあります。
 
実際に動きも出ています。
 
・アイルランドでは、首都ダブリンやその近郊でデータセンターの新設が実質的にモラトリアム(一時停止)となりました。同国のデータセンターの電力消費量が総発電量の21%に達し、さらに夏場の水道水量の逼迫に住民の不満が高まったためとされています
・EUは世界トップ級のAIハブを目指してデータセンター容量の大幅増を掲げる一方、スペインやギリシャなどで水消費への懸念が高まり、欧州委員会は2026年中にデータセンターでの効率的な水利用などを定めた基準を策定する考えを示しています
 
世界気象機関(WMO)は、水の循環が不規則で極端になり、干ばつと洪水が繰り返されるようになったと指摘しています。2050年までには世界人口の半分以上、50億人超が水不足にさらされるという予測もあります。
 
地球の表面のおよそ3分の2は水に覆われていますが、そのほとんどは海水。人が使える淡水はごくわずかです。しかも世界の水需要の約7割は農業用。つまりAIが使う水は、誰かの食料や飲み水と同じ蛇口から出ているわけです。
 


 

2. 半導体工場もまた、大量の水を使う産業

 
AIの土台になっているのが半導体です。そしてこの半導体づくりが、また相当な水を使います。
 
半導体の製造では、ウエハーの洗浄工程などで不純物をほぼ完全に取り除いた「超純水」が繰り返し必要になります。しかも、ただ量があればいいのではなく、きれいな水でなければ話にならない。水質と水量、その両方を確保できる土地でなければ工場は成り立たないのです。
 
だからこそ、日本の半導体復活の中心地として熊本が選ばれたことには、はっきりした理由があります。
 
 

熊本が「水の国」と呼ばれる理由

 
熊本県、とくに熊本市周辺は、水道水源の多くを地下水に頼る、日本でも有数の水資源地帯です。熊本市では水道水のほぼ100%を地下水でまかなっています。蛇口をひねると天然のミネラルウォーターが出てくる、と言われるほどの土地柄です。
 
その仕組みをつくったのが阿蘇山でした。かつての噴火で火砕流が一帯を覆い、隙間や割れ目の多い、水を通しやすい地層ができた。そこに水がしみ込み、その下の固い岩盤にたまって、下流の熊本市内などへ流れていく——この巨大な天然の貯水槽が、熊本の暮らしと産業を支えています。
 
地域の地下水への関心はとても高く、小学校の授業で学ぶほどだといいます。だからこそ、大量の水を使う半導体工場の進出に対して、地元から懸念の声が上がったのも自然なことでした。
 


 

3. ソニーGが20年以上続けてきた「地下水涵養」という答え

 
その懸念に、20年以上かけて答えを出してきた企業があります。ソニーグループで半導体製造を担う、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(SCK)です。
 
きっかけは、工場が竣工する前の2001年、熊本県で活動する環境NPOから受け取った1通の公開質問状でした。内容は、地下水の使用と保全について。企業にとっては耳の痛い問いかけだったはずです。
 
ところがSCKは、そこから対話を重ねます。そしてNPOから提案されたのが「地下水涵養(かんよう)」でした。地域では以前から取り組まれていたものの、地下水を大量に使う企業が本格的に手掛けた事例は、それまでなかったといいます。
 
 

「ざる田」が生み出す、取水量を超える涵養量

 
地下水涵養とは、ざっくり言えば「地面から水をしみ込ませて、地下水を積み増す」取り組みです。
 
舞台になるのは、菊陽町や大津町にある水田。この地域の田んぼは「ざる田」と呼ばれます。火砕流由来の水を通しやすい地層のおかげで、通常の水田に比べて5〜10倍もの水が地下に浸透するとされています。
 
やり方はとてもシンプルです。5〜10月にかけて、田んぼや畑を使っていない期間に河川から水を引き、張っておく。作物は植えません。ただ水を張るだけ。それが地下へとしみ込み、やがて熊本市内の水道水源になっていきます。SCKは地元の農業団体と組み、協力してくれる農家に協力金を支払う形でこれを続けてきました。
 
数字がすごいんです。
 

項目 内容
開始年 2003年(企業として日本初)
実施場所 熊本県菊陽町・大津町の水田や畑
浸透量の目安 「ざる田」は通常の水田の5〜10倍が地下に浸透するとされる
計画の考え方 工場での取水量を上回る涵養量を毎年計画
達成状況 日照りが続いた2005年度を除き、毎年計画を達成
累計涵養量 20年以上の累計で5000万立方メートル以上

※数値は日本経済新聞「ソニーG、熊本で『地下水増やす』 TSMCも追随する半導体と水戦略」の報道に基づきます
 
つまり「使った分だけ返す」ではなく、「使った分より多く返す」を20年以上続けてきたということです。これはもう、環境対策というより地域の水インフラの一部と言っていいレベルではないでしょうか。
 
そしてSCKでは2025年、副社長として熊本テクノロジーセンター長を務めた人物を環境担当の責任者に置きました。同社の担当者は「後ろ向きの環境対策から、前向きの環境対策に変わっていく必要がある」と語っています。かつて環境対策といえば自治体対応や周辺団体との折衝といった、どこか受け身のイメージがつきまとうものでした。それが今は、ネイチャーポジティブ(自然再興)に代表される環境意識の高まりもあり、地域に貢献しているという発信そのものが企業価値につながる時代になりつつある、という見方です。
 


 

4. TSMCも追随 使った水を地域に「3倍返し」

 
そして2024年、熊本県菊陽町に台湾積体電路製造(TSMC)の日本工場が本格稼働しました。周辺の大津町や合志市も含めて、半導体関連施設の建設ラッシュが続いています。
 
このTSMCも、日本進出にあたってSCKの取り組みを参考にしたといいます。日本で初めて企業として涵養に取り組んだ実績があったからこそ、半導体関連企業からの問い合わせが絶えなかったわけですね。
 
そしてTSMCは2024年、取水量の3倍に相当する量を、田んぼなどを通じて地下水に涵養したと報じられています。使った水を地域に「3倍返し」する——先行事例が示した道筋が、後から来た世界最大手にきちんと引き継がれた形です。
 
ここが、この話の一番おもしろいところだと思うんです。
 
一企業が地道に20年続けたことが、その地域における「進出のときの当たり前」になった。ルールでも規制でもなく、先行者がつくった実績が標準になっていく。世界のあちこちでデータセンターが水をめぐって地域と摩擦を起こしているなか、熊本ではまったく違う関係が育っていた。この事例がもっと知られていいと、私たちは強く思います。
 


 

5. それでも残る課題 その田んぼは、誰が守るのか

 
ただ、この仕組みは決して盤石ではありません。日経の記事は、その点にもきちんと踏み込んでいます。
 
課題は主に3つです。
 
・生産量が増えれば、水の使用量も増える。国の後押しで日本の半導体産業に資金が集まるなか、水需要はさらに膨らむ
・涵養に必要な田んぼや畑の維持が、後継者問題などで年々難しくなっている
・涵養に適した土地は近い将来までは確保できても、未来永劫かというとそうではない、と当事者自身が認識している
 
考えてみれば、当たり前の話なんですよね。地下水涵養という最先端に見える取り組みを実際に支えているのは、農家の方々が田んぼに水を張るという、きわめて人力で、きわめて地道な作業です。担い手がいなくなれば、この仕組みは成り立たない。
 
だからSCKは、対策を多方面に広げています。
 
・製造設備を改良し、従来より少ない水で生産できるようにする
・一度取水した水を処理して繰り返し使う、リサイクル率を高める
・地元で生産された米を買い取り、社員食堂で使う(田んぼそのものを守るため)
・田んぼだけでなく、畑や山肌などの活用拡大を検討する
 
社員食堂のお米、というのがいいですよね。水を返すために田んぼを守る。田んぼを守るためにお米を買う。工場と農地が、本当に一つの循環としてつながっている。
 
もうひとつ、社内の変化という課題も挙げられています。スマートフォン向けイメージセンサーの急拡大で半導体事業が大きくなり、かつては地元出身者が多かった職場に、いまは全国から人が集まるようになった。その結果「地域に根差した活動がやりにくくなってきた」というのです。
 
これは半導体業界に限った話ではありません。組織が大きくなるほど、地域とのつながりは意識しないと薄れていく。私たちのような地域の電力会社も、常に自分に問いかけたい部分です。
 


 

6. 「水」と「電気」はつながっている

 
ここまで読んでいただいて、「うちには関係ない話かな」と思われたかもしれません。でも、実はしっかりつながっています。
 
まず、電気をつくるにも水が要ります。火力発電の冷却にも、水力発電にも水は不可欠です。IEAがデータセンターの水消費の3分の2を「エネルギー由来」と見ているのは、まさにこの構造です。つまり電気を使うことは、間接的に水を使うことでもあるんですね。
 
そして、省エネはそのまま節水にもなります。
 
・設備の効率化で使用電力を減らせば、発電にともなう水の消費も減る
・工場やオフィスの空調・冷却の見直しは、電気と水の両方に効いてくる
・使用量を「見える化」することが、電気でも水でも改善の第一歩になる
 
もうひとつ大事なのが、企業評価の目線です。ネイチャーポジティブやTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)という言葉が広がり、企業が水をどう使い、どう地域と共存しているかが、取引先や金融機関から見られる時代になってきました。CO2の次は水だ、と言われるゆえんです。
 
熊本の事例が教えてくれるのは、ある意味とてもシンプルなことだと思います。地域の資源を使わせてもらう以上、使った分をどう返すかまでを事業計画に織り込む。それを20年続けると、地域からの信頼という何にも代えがたい資産になる。
 
私たち情熱電力は長野県松本市を拠点に電力小売を手がけていますが、扱っているのは電気という「地域からお預かりしている資源」でもあります。だからこの話は、まったく他人事ではないのです。
 
エネルギーの話は、ともすれば数字や単価の話になりがちです。でもその向こうには、必ず水があり、土地があり、それを守っている人たちがいる。そこまで含めて考えたいなと、この2本の記事を読んで改めて思いました。
 


 
まとめ
AIの普及でデータセンターの水需要が急増し、IEAは世界の年間使用量が2030年に約1兆2000億リットルへ倍増すると予測しています。世界のデータセンターの4割が水の需給が逼迫した地域にあるとされ、アイルランドの新設停止やEUの基準策定の動きなど、水をめぐる摩擦は現実のものになりつつあります。
 
一方、熊本ではまったく違う光景がありました。ソニーグループのSCKは2003年から地元の農業団体と組み、工場の取水量を上回る量の地下水涵養を続け、累計5000万立方メートル以上を地下に還してきました。その先行事例に学んだTSMCも、2024年には取水量の3倍相当を涵養しています。
 
ただしこの仕組みを支えているのは、田んぼに水を張る農家の方々の地道な作業です。担い手不足という課題は待ったなしで、節水技術やリサイクル率の向上、地元米の買い取りなど、多面的な取り組みが進められています。
 
電気をつくるにも水が要ります。省エネは節水でもある。エネルギーの見直しを考えるとき、水という視点も一緒に持っておくと、自社の取り組みの意味がぐっと立体的に見えてくるはずです。
 


 
情熱電力からのお知らせ
「省エネが節水にもつながる」と聞くと、なんだか壮大な話に感じるかもしれません。でも入口はとてもシンプルで、まずは自社がいつ・どれくらい電気を使っているかを知ることからです。使用量が見えると、無駄も、打ち手も見えてきます。
 
情熱電力は、電気料金プランのご案内はもちろん、使用状況の見える化や、設備の使い方の見直しといったご相談もお受けしています。「うちの場合はどうなんだろう」という段階でまったく構いません。
 
・TEL:0263-88-1183 ・お問い合わせフォーム:https://jo-epco.co.jp/contact
お気軽にご相談ください。
 
 
この記事に関連するページリンク
・日本経済新聞:ソニーG、熊本で「地下水増やす」 TSMCも追随する半導体と水戦略
・日本経済新聞:AIデータセンター拡大の副作用、世界で水争奪戦 問われる共存
・公益財団法人くまもと地下水財団:想水~熊本の水を大切に想う~
・IEA(国際エネルギー機関):「Energy and AI」
 

2030年代後半に大量廃棄へ|太陽光パネルのリサイクル新法で事業者に求められること

 
太陽光パネルのリサイクル新法
 
資源エネルギー庁のスペシャルコンテンツ「エネこれ」に「太陽光パネルのリサイクルを推進——誰にどのようなことが求められる?」という記事があったので調べてみました。
工場や事業所の屋根、あるいは遊休地。この10年ほどで、太陽光パネルはすっかり見慣れた風景になりました。2012年の固定価格買取制度(FIT)スタート以降、日本の太陽光発電の導入量は現在80GW近くにまで拡大しています。
 
ただ、パネルにも寿命があります。耐用年数は20〜30年とされていますから、FIT初期に設置された設備が、いよいよ「引退」の時期を迎えはじめるわけです。そして2030年代後半以降、使用済パネルの排出量は一気に跳ね上がり、最大で年間約50万トンに達すると見込まれています。
これを受けて成立したのが「太陽電池廃棄物の再資源化等の推進に関する法律」。ポイントは、いきなり全部を義務化するのではなく、まず「多量に廃棄する事業者」から段階的に規制をかけていく設計になっている点です。自社が対象になるのか、いつまでに何を準備すればいいのか。事業者目線で整理していきます。
 


 
目次

 


 

1. なぜ今、太陽光パネルのリサイクルが必要なのか

 
日本は2050年カーボンニュートラルの実現に向けて脱炭素化を進めており、第7次エネルギー基本計画では再生可能エネルギーの主力電源化を徹底することとされています。なかでも太陽光発電は、再エネの中心的な存在です。
 
その導入を一気に押し上げたのが、2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)でした。さらに2022年にはFIP制度(売電価格に一定の補助額を上乗せする制度)も創設され、現在の導入量は80GW近くにまで拡大しています。
 
 

 2030年代後半に排出量がピークを迎える

導入が増えたということは、当然ながら「いずれ出てくるゴミ」も増えるということです。
 
太陽光パネルの耐用年数は20〜30年とされています。つまり、FIT初期に大量導入されたパネルが寿命を迎えるのが、ちょうど2030年代後半。資源エネルギー庁の排出量予測を見ると、2020年代は年間10万トン前後で推移していたものが、2030年代半ばに25万トン前後まで増え、2040年代前半には最大で年間約47〜50万トン規模のピークを迎える見通しになっています。
 
グラフの形が、きれいな山になるんですね。じわじわ増えるのではなく、ある時期を境に一気に立ち上がる。だからこそ、その前に受け皿を用意しておく必要があるわけです。
 
 

 これまでは「埋立処分」が主流だった

意外に思われるかもしれませんが、使用済太陽光パネルは、これまでリサイクルそのものを義務付ける規定がありませんでした。廃棄物処理法に基づく適正処理は義務付けられているものの、実際には多くの場合で埋立処分が選ばれてきたのが現状です。
 
このまま全量が埋立処分に回れば、最終処分場の残余容量を圧迫し、廃棄物処理全体に支障が生じる恐れがあります。加えて、太陽光パネルはアルミフレーム・ガラス・銀や銅などの金属といった有用な資源のかたまりでもあります。埋めてしまうのは、率直にもったいない。
 
廃棄量そのものを減らしつつ、資源の有効利用を進める。この両輪を回すために、新しい法制度が必要とされたというわけです。
 


 

2. リサイクルを阻む2つのハードル

 
では、なぜ今回の法律は「今すぐ全パネルをリサイクル義務化」としなかったのでしょうか。理由は大きく2つあります。
 
 

 埋立とリサイクルのコスト差

もっとも大きいのが、費用の差です。
 

処分方法 費用の目安(1kWあたり)
リサイクル 約8,000〜12,000円
埋立処分 約2,000円〜

出典:資源エネルギー庁「太陽光パネルのリサイクルを推進——誰にどのようなことが求められる?」(2026年7月15日公開)
 
4倍から6倍の開きがあります。事業者の立場からすれば、義務がなければ安いほうを選ぶのは自然な判断でしょう。この差を埋めないまま一律に義務化すれば、社会全体に過大なコスト負担が生じてしまいます。
なお、リサイクル手法によっても回収率と設備投資額は大きく変わります。
 

処分方法 回収ガラス リサイクル及び熱回収の割合(重量比) 導入コスト
① 熱処理(専用設備) 板ガラス 約90〜95% 約1億円以上
② ガラス切断(専用設備) 板ガラス 約75〜95% 約1億円以上
③ ガラス破砕(専用設備) カレットガラス 約60〜90% 約5〜9千万円
④ 汎用シュレッダー破砕+選別機器 カレットガラス 約50%〜 —

出典:資源エネルギー庁 公表資料
 
高い回収率を狙うほど設備投資も膨らむ。リサイクル事業者側にとっても悩ましい構造だということが、この表からよく見えてきます。
 
 

 全国的な処理体制の未整備

もうひとつが、受け入れ先の問題です。
 
2025年11月時点で、太陽光パネル専用のリサイクル施設は全国87件、処理能力は年間約13万トンとされています。設備導入は徐々に進んでいるものの、8つの府県には専用施設が存在しません。そして何より、年間13万トンの処理能力では、2030年代後半に見込まれる大量廃棄にはとても対応しきれません。
 
ちなみに、パネルの種類によってリサイクルのしやすさも異なります。国際市場の年間生産量ベースで約95%を占めるシリコン系(単結晶・多結晶・アモルファス・ヘテロ接合)は「原則可能」とされる一方、約5%の化合物系(III-V族、CIS、CdTeなど)は装置仕様や有害物質の含有、経済性の観点から「一部のみ可能」。さらにペロブスカイトなどの有機系は「技術開発中」という段階です。
 
つまり、コストと体制、その両方がまだ追いついていない。だからこその段階的アプローチなのです。
 


 

3. 新法の中身|5つの措置事項をチェック

 
「太陽電池廃棄物の再資源化等の推進に関する法律」の主な措置事項は5つです。順に見ていきましょう。
 
 

 ① 国による基本方針の策定

まず国が「基本方針」を策定します。ここには、リサイクル量に関する目標、施設整備の促進、費用低減・技術開発の方向性などが盛り込まれます。
 
同時に、各主体の役割も明確化されます。
 
・国:リサイクル費用の低減・体制整備、情報の収集・活用、研究開発の推進、地方公共団体への情報提供・助言、リサイクルの率先実施
・地方公共団体:域内の実情に応じた施策の実施、リサイクルの率先実施
・太陽電池廃棄者(太陽光発電事業者等):廃棄の抑制およびリサイクルの取組
・太陽電池廃棄物を排出する者(解体工事業者等):太陽電池廃棄者の指示等に従った適正処分、情報提供
・収集運搬・処分の事業を行う者:効率的なリサイクルの実施、高度なリサイクル設備導入の検討
・製造・輸入業者、販売業者:環境配慮設計、含有物質に関する情報提供、長期使用・リユース等に関する情報提供
 
「誰が何をするのか」が整理されるのは、実務側にとってはありがたい話ですね。
 
 

 ② 多量の事業用太陽電池廃棄者への規制

ここが今回の法律の核心部分です。
 
まず、事業用太陽電池廃棄者には、国が定める「判断基準」を勘案した取組が求められ、必要に応じて指導・助言がなされます。注意したいのは、この「事業用太陽電池廃棄者」の範囲です。工場・事業所にパネルを設置している事業者はもちろん、住宅の屋根に設置したパネルで売電している方も含まれます。
 
そのうえで、特に多量に廃棄しようとする事業者(多量事業用太陽電池廃棄者)には、廃棄前の届出が義務付けられます。
 
「多量事業用太陽電池廃棄実施計画」に記載する主な内容は以下のとおりです。
 
・廃棄をする太陽電池の重量
・排出の予定時期
・処分の方法
・工事等の発注先
・処分の委託先 など
 
そして重要なのが、届出の受理から原則30日を経過しないと廃棄に着手できないという点。認定事業者等が全量リサイクルする場合は短縮も可能とされていますが、スケジュールに余裕を持った計画が必要になります。計画内容が判断基準に照らして著しく不十分な場合には、国から勧告・命令がおこなわれます。
 
 

 ③ リサイクル事業者への支援措置

受け皿側を増やすための措置も用意されています。
 
リサイクル事業者によるコスト効率的な事業計画を、国がワンストップで認定する制度が創設されます。認定を受ければ、通常は都道府県ごとに必要だった廃棄物処理法上の許可なしにリサイクル事業を実施できるようになります。さらに保管基準の特例措置も設けられ、集約拠点(積替保管施設)を経由した広域的な収集・処理が可能に。結果として、リサイクル費用そのものの低減が期待されています。
 
 

 ④ 製造業者・輸入業者、販売業者への措置

上流側にも手を打ちます。製品の長寿命化・軽量化・易解体設計といった「環境配慮設計」への取組が努力義務として定められるほか、リサイクルに必要となる含有物質(鉛・カドミウム・ヒ素などが想定されています)の情報提供も努力義務とされました。
 
 

 ⑤ 制度の見直しに向けた検討規定

そして法案の附則には、将来的な制度見直しの規定が置かれています。排出量の見込み、リサイクルの実施状況、費用の推移などを考慮したうえで、太陽光パネルの幅広い廃棄に関係する者を対象とした義務付けを検討する、という内容です。
 
つまり、いずれは住宅用も含めた全面義務化を見据えている。今回はその第一歩、という位置づけになります。
 


 

4. 自社は対象になる? 事業者が今から確認したいこと

 
「うちは関係あるのかな」と感じた方も多いのではないでしょうか。現時点で確認しておきたいポイントを整理します。
 
まず、自社が保有する太陽光設備の設置年と規模の棚卸しです。設置から20年が近づいている設備があるなら、廃棄時期はもう射程圏内。設備台帳に「設置年月」「パネル種別(シリコン系か化合物系か)」「容量」が整理されているか、確認しておいて損はありません。
 
次に、廃棄タイミングの前倒し確認です。多量事業用太陽電池廃棄者に該当する場合、届出から原則30日の制限期間があります。解体工事のスケジュールを組んでから「あと30日待ち」となると、工程全体に響きます。逆に言えば、認定事業者に全量リサイクルを委託すれば期間短縮も可能とされているので、委託先選定の判断材料にもなります。
 
そして、処分委託先の情報収集。認定制度が始まれば、認定を受けたリサイクル事業者は広域で事業を展開できるようになります。近隣に専用施設がない地域でも、選択肢が広がっていく可能性があります。長野県内を含め、周辺の処理体制がどう整備されていくかは、継続的にウォッチしておきたいところです。
 
なお、「どこからが多量か」という具体的な閾値や判断基準の中身は、今後の下位法令で定められます。ここは続報を待つ形になります。
 


 

5. 施行は2027年末頃|スケジュールと国の支援策

 
この法律は、公布の日から1年6か月以内に政令で定める日に施行されます。施行時期はおよそ2027年末頃が予定されており、それまでの間に判断基準や認定基準、保管基準の特例といった下位法令が、有識者による議論を通じて整備されていく見込みです。
 
準備期間は、およそ1年半。決して長くはありません。
 
また、法律の措置と両輪で、令和8年度(2026年度)予算として以下の支援策が措置されています。
 
・保管施設の導入支援
・リサイクル技術の開発支援
・リサイクル設備の導入支援
・再生材の価値向上に資する技術実証
・収集運搬の効率化の実証
 
リサイクル事業への参入や設備増強を検討している事業者にとっては、追い風となる内容です。技術開発面では、NEDOの「太陽光発電リサイクル技術開発プロジェクト」なども動いています。
 
再生可能エネルギーとして環境に貢献するために設置した太陽光パネルを、廃棄の際にも環境に配慮した形で処理する。当たり前のようでいて、これまで仕組みが整っていなかった部分に、ようやく制度の枠組みができたことになります。
 


 
まとめ
2012年のFIT開始以降に急拡大した太陽光発電は、パネルの耐用年数20〜30年を経て、2030年代後半以降に大量廃棄期を迎えます。排出量は最大で年間約50万トン規模。これまでリサイクルの義務規定がなく埋立処分が主流だった状況を変えるため、「太陽電池廃棄物の再資源化等の推進に関する法律」が成立しました。
 
ポイントは段階的アプローチです。リサイクル費用と埋立費用の大きな差(1kWあたり約8,000〜12,000円 対 約2,000円〜)、そして全国87件・年間約13万トンにとどまる処理体制。この2つの課題があるため、まずは多量に廃棄する事業用の事業者から規制を課し、その間に全面義務化に向けた環境を整えていく設計になっています。
 
事業者にとって実務上の要注意点は、多量事業用太陽電池廃棄者に課される事前届出と、原則30日の制限期間。廃棄計画は余裕を持って組む必要があります。施行はおよそ2027年末頃の予定で、それまでに判断基準などの詳細が固まります。設備の棚卸しと情報収集を、今のうちから始めておきたいところです。
出典:資源エネルギー庁 スペシャルコンテンツ「エネこれ」(2026年7月15日公開)
 


 
情熱電力からのお知らせ
太陽光パネルのリサイクル制度は、発電設備を持つ事業者にとって「いつか考えること」から「そろそろ準備すること」に変わりつつあります。とはいえ、設備の更新計画も、電気の使い方も、コストの話も、本来はひとつながりのテーマです。
 
情熱電力は、長野県松本市を拠点とする新電力会社です。自家消費型の太陽光をお使いのお客様も、これから導入を検討される方も、まずは「今どれくらい使っていて、どこにムダがあるのか」を一緒に見るところからお手伝いできます。制度の話も、電気料金の話も、専門用語をなるべく使わずにご説明します。
気になることがありましたら、お気軽にご相談ください。
 
TEL:0263-88-1183
お問い合わせ:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・資源エネルギー庁:エネこれ 太陽光パネルのリサイクルを推進——誰にどのようなことが求められる?
・資源エネルギー庁:エネこれ 2040年、太陽光パネルのゴミが大量に出てくる?再エネの廃棄物問題
・国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):太陽光発電リサイクル技術開発プロジェクト
・環境省:「太陽光発電設備のリサイクル等の推進に向けたガイドライン(第三版)」について
 

一次調整力の募集量が10月から約3割減|系統用蓄電池の収益前提はどう変わるか

 
一次調整力の募集量が10月から約3割減
 
電気新聞に「1次募集量を削減」という記事があったので調べてみました。2026年10月から、北海道・東北・東京の東エリア3社で一次調整力の募集量が減らされる、という内容です。
需要家目線で読めば「調整力の調達コストが下がる方向の話」で終わります。ですが、需給調整市場に系統用蓄電池を出している側から見ると、意味はまるで違ってきますよね。一次調整力は応動10秒以内という、蓄電池がもっとも強みを発揮する領域。そこの募集量が3割強削られるわけですから、これは収益前提に直接効く話です。
 
そして元資料を読み込むと、削減幅よりもむしろ構造の変化のほうが重要だとわかります。通年一律だった必要量が月ごとに動くようになり、しかも「必要量を決める主役」が入れ替わる。結果として、単機最大ユニットの容量が何MWであっても必要量が同じになる、という一見不思議な現象まで起きています。
今回はOCCTOの元資料をもとに、数字の中身と、収益シミュレーションで見直すべき前提を整理してみます。
 


 
目次

 


 

1. まず結論|3行で押さえる今回の見直し

 
先に要点だけまとめます。
 
・対象と時期:北海道・東北・東京の東エリア3社。2026年度下期(2026年10月1日)から運用開始
・削減幅:一次調整力の異常時必要量が3社合計で約300MW減(単機最大1,356MW想定の場合、756MW → 383〜440MW)
・構造変化:通年一律だった必要量が月別変動に。さらに必要量を決定づける要因が「単機最大脱落量」から「EPPS送電量 (※後述補足参照)」へシフト
出典:電力広域的運営推進機関「一次調整力(異常時必要量)の見直しについて」(第62回需給調整市場検討小委員会/第79回調整力の細分化及び広域調達の技術的検討に関する作業会 資料4、2026年7月31日)
 
3つ目が今回いちばん見落とされやすいポイントです。順に見ていきましょう。
 

2. 一次調整力市場はどれだけ縮むのか

 通年一律756MWから、月別383〜440MWへ

 
まず全体像です。東エリア3社合計の異常時一次必要量は次のように変わります。
 

前提となる単機最大ユニット容量 見直し前 見直し後
1,356MW 756MW(通年一律) 383〜440MW(月別)
1,000MW 600MW(通年一律) 383〜440MW(月別)

出典:同資料 p.32
 
月別の内訳はこうなっています。
 

月 異常時一次必要量
(MW)
月間最小需要
(MW)
4月 428 28,588
5月 440 26,681
6月 429 28,421
7月 415 30,790
8月 412 31,341
9月 422 29,675
10月 428 28,636
11月 419 30,122
12月 393 34,553
1月 383 36,152
2月 391 34,896
3月 414 30,976

出典:同資料 p.32
 
ここで「あれ?」と思いませんか。需要が最も小さい5月に必要量が最大の440MW、需要が最も大きい1月に最小の383MW。直感とは逆の動きをしています。
理由は後述する算定式にあります。需要が大きいほど周波数低下時の需要減少量も大きくなり、その分だけ確保すべき調整力が減る——という関係になっているためです。
 
つまり、月ごとの必要量の差は約60MW。募集量の年間カーブを織り込まずに収益を積むと、ここで読み違えます。
 
 

 東京・東北と北海道の内訳

資料には、シミュレーション条件下でのエリア別の数字も示されています。平常時分も含めた一次調整力の必要量です。
 

区分 東京・東北合計 北海道
平常時(①) 234MW 38MW
異常時・見直し前(②) 704MW 42MW
異常時・見直し後(③) 410MW 27MW
合計・見直し前(①+②) 948MW 80MW
合計・見直し後(①+③) 644MW 65MW

出典:同資料 p.23, p.24(東京・東北は2026年5月2時相当、北海道は2026年9月2時相当の必要量)
 
平常時分(需要予測誤差や時間内変動への備え)は今回の見直しの対象外なので変わりません。減るのは異常時分だけです。それでも東京・東北合計で948MW → 644MW、率にして約32%減。市場規模のインパクトとしては相応に大きいと言えます。
 
なお北海道エリアは絶対量が小さく、80MW → 65MWと差分も限定的です。エリアによって影響度がかなり違う点は押さえておきたいところです。
 


 

3. 必要量を決める「主役」が交代した

 
ここからが本題です。単に量が減ったのではなく、必要量の決まり方そのものが変わりました。
 
 

 需要減少量という新しい控除項

今回導入されたのは「周波数が下がれば需要も減る」という物理現象を控除に織り込む考え方です。モーターやポンプなど回転機は、周波数が下がれば回転が遅くなり消費電力が減ります。この分は調整力で埋める必要がない、という理屈ですね。
 
算定式はシンプルです。
 

需要減少量 = 負荷の周波数特性 × 周波数低下幅 × 系統容量
負荷の周波数特性 50Hz系統では保守的に最小値の3.0%MW/Hzを採用(北海道は本来4.0%MW/Hz、中西は3.33%MW/Hz)
周波数低下幅 異常発生エリア:0.4Hz/健全側(EPPS送電)エリア:0.2Hz
系統容量 前年度の各月の最小需要

出典:同資料 p.11, p.12, p.16, p.18
 
系統容量に「各月の最小需要」を使うことになったのが、月別変動化の直接の原因です。
 
そのうえで、異常時一次必要量は次の2つを比べて大きいほうを採用します。
 
・異常発生エリア:単機最大脱落量 -EPPS動作分(600MW)-需要減少量(0.4Hz分)
・健全側エリア:EPPS送電分(600MW)-需要減少量(0.2Hz分)
 
資料の計算例(系統容量25,000MW、単機最大1,356MW)では、異常発生エリア側が1,356-600-300=456MW、健全側が600-150=450MW。大きいほうの456MWが採用されています。
 


 
【補足】EPPSとは何か
 
EPPSは「Emergency Power Presetting Switch(緊急融通制御装置)」の略称です。周波数変換設備(FC)で連系されている一方のエリアで系統故障等により電源が脱落し、周波数があらかじめ設定した値を下回った場合に、もう一方のエリアの周波数が健全であることを条件として、あらかじめ設定した電力を瞬時に送電する機能を指します。
 
今回の見直しでは必要量を決定づける要素になっているため、少し詳しく整理しておきます。
 
・設置箇所:新信濃1FC、新信濃2FC、佐久間FC、東清水FCの4台に機能を具備
・最大送電量:60万kW(600MW)。3段階に分けて送電されます
・動作条件(50Hz→60Hzへ融通する場合):受電(故障)側エリアが-0.4Hz以下、送電(健全)側エリアが-0.1Hz以上
 
送電のタイミングは次のように整定されています。
 

段階 送電量 動作タイミング
1段 20万kW 0.2秒後
2段 30万kW 3.2秒後
3段 10万kW 3.5秒後
合計 60万kW 3.5秒後

 
ここが一次調整力との対比で重要なポイントです。一次調整力は発電機のガバナフリー機能でじわじわと出力を上げていき、10秒以内に必要量を出し切ることが求められます。対してEPPSは、0.2秒で20万kWを叩き込み、3.5秒で60万kWを出し切る。応動の速さがまるで違うわけです。
 
だからこそOCCTOの資料では、仮に1.0Hz程度の低下が10秒程度で起きた場合、10秒時点の融通量(動作量)は一次調整力とほぼ変わらず、電源脱落に伴う周波数低下に十分対応できると考えられる、と整理されています。10秒という一次調整力の土俵の上では、EPPSはすでに全量を出し終えている、という関係ですね。
 
また、EPPSの整定は次の3つの考え方に基づいて設計されています。
 
・受電(故障)側エリアの周波数低下の回復に寄与すること
・送電(健全)側エリアの周波数を著しく低下させないこと
・受電側エリアと送電側エリアの周波数偏差が、原則として逆転状態とならないこと
 
2つ目と3つ目に注目してください。「助けに行った側が倒れては元も子もない」という設計思想です。今回の見直しで健全側エリアにも一次調整力の確保が求められ、その必要量が「EPPS送電分600MW-需要減少量」で計算されるのは、まさにこの考え方の延長線上にあります。
 
なお、機能が4台のFCに分散して具備されているため、複数のFCが同時に故障するようなケースでは600MWを確保できない場合もあるとされています。
 
送電(健全)側の動作条件については、常時の周波数調整目標が±0.2Hzであることを考慮し、従来の-0.1Hz以上から-0.2Hz以上へ見直す方向性が示されています。動作条件が緩和されればEPPSが確実に動く確率が高まる、という趣旨で、一般送配電事業者等の準備が整い次第の実施とされています。今回の見直しで健全側エリアの周波数低下幅を0.2Hz(=-0.2Hzから-0.4Hzまでの幅)と置いているのは、この整定変更を前提にした数字です。
 
ちなみにEPPSを具備する4台のうち、新信濃1FC・2FCは長野県内にあります。東西の系統をつなぐ要が身近な場所にある、というのは少し感慨深いところですね。
出典:東京電力パワーグリッド・中部電力「緊急融通制御装置(EPPS)の整定について」(第2回運用容量検討会 資料1-2-2、2017年9月22日)、および電力広域的運営推進機関「一次調整力(異常時必要量)の見直しについて」(第62回需給調整市場検討小委員会 資料4、2026年7月31日)p.5, p.10, p.16, p.17
 


 

 単機1,356MWでも1,000MWでも必要量が同じになる理由

さて、先ほどの表をもう一度見てください。単機最大1,356MWのケースと1,000MWのケースで、見直し後の必要量が完全に同じ(383〜440MW)になっています。
 
これは資料にも注記があり、「EPPS送電分が必要量の決定要因であるため」と説明されています。
 
実際に計算してみましょう。1月(系統容量36,152MW)を例に取ります。
 
・健全側:600 -(3.0% × 0.2Hz × 36,152)= 600 - 約217 = 約383MW
・異常発生エリア(単機1,356MW):1,356 - 600 -(3.0% × 0.4Hz × 36,152)= 1,356 - 600 - 約434 = 約322MW
 
健全側のほうが大きいので、383MWが採用される。単機最大ユニットの容量が何MWであっても、健全側の値が上回る限り必要量は変わらない、というわけです。
 
この意味するところは小さくありません。従来、異常時必要量は「エリア内で最も大きい発電ユニットの容量」に紐づいていました。大型電源が新設されれば必要量が増え、廃止されれば減る。ところが見直し後は、EPPSによる周波数変換設備の融通量(600MW)が事実上の天井になります。
 
つまり、系統用蓄電池の事業計画において「大型電源の動向を見て一次の市場規模を予測する」というアプローチは、東エリアに関しては有効性が下がることになります。代わりに注視すべきは各月の最小需要トレンドです。資料によれば、東エリア3社の月間最小需要は年度ごとに大きな差は見られないとされており、これは予測可能性が高まるという意味ではプラスに働く面もあります。
 


 

4. 収益シミュレーションで見直すべき3つの前提

 
ここまでを踏まえ、既存の収益モデルで点検したい箇所を整理します。
 
① 通年一定の募集量という前提
見直し前は756MW(または600MW)が通年一律でした。ここを固定値で置いているモデルは、月別カーブへの差し替えが必要です。年間平均で見れば約415MW程度ですが、月ごとに±30MW程度の幅があります。
 
② 季節性の「向き」
繰り返しになりますが、需要が小さい春・秋に必要量が大きく、需要が大きい冬に小さくなります。他市場(容量市場、卸電力市場、三次調整力など)の季節性と組み合わせるとき、この逆相関の関係は稼働計画上むしろ使いようがあるかもしれません。冬は卸で、春秋は一次で、といった発想ですね。
 
③ 単機最大ユニット容量に紐づく前提
前章のとおり、東エリアでは単機最大脱落量が必要量を決めなくなります。エリア内の大型電源の新設・廃止情報をトリガーにしたシナリオ分岐を組んでいる場合、その分岐は当面働きません。
なお、募集量が減ったときに約定価格がどう動くかは、供給側(応札量)がどう変化するか次第です。応札量が変わらないまま募集量だけ減れば価格には低下圧力がかかりますし、逆に採算割れで撤退が進めば価格は保たれます。現時点で一方向に断定できる材料はありませんので、シナリオを複数持っておくのが現実的でしょう。
 


 

5. 中西エリア(60Hz)が対象外となった理由と立地への示唆

 
今回の見直しは東エリア3社限定です。中西エリア(60Hz系統)が見送られた理由は、周波数を守る仕組みの違いにあります。
 
・東京・東北エリア:「負荷側UFR」のみを導入。周波数が動作値を下回ったら検出して負荷を遮断する事後対応型
・中西エリア:「負荷側UFR」に加え「系統安定化システム」も導入。特定の事故を想定し、あらかじめ演算した量の負荷遮断を瞬時に行う事前対応型
 
問題は後者です。系統安定化システムは見直し前のGF量(=一次調整力の量)を前提に設計されているため、一次調整力が減ると周波数特性が変化し、システムの設計想定から逸脱する可能性がある。だから現時点での適用は難しい、という判断です。
 
資料では、中西エリアへの導入可否は「60Hz系統における周波数制御体系の見直しを行った際などに、別途検討する」とされています。
 
系統用蓄電池の立地を検討する立場からすると、当面のあいだ60Hzエリアでは一次調整力の市場規模が維持される、という読み方になります。もちろん立地判断は連系可否や系統混雑、用地コストなど多くの要素で決まりますから、これだけで決められる話ではありません。ただ、東西で市場環境に差が生じる期間が発生することは、ポートフォリオを考えるうえで頭に入れておいて損はないでしょう。
 


 

6. 募集量減少をどう受け止めるか|マルチユース化という文脈

 
最後に、少し引いた視点で。
 
今回の見直しは「必要量を科学的に精査して過剰な確保を減らす」という方向性の施策です。同じ方向の動きとして、2025年4月にはEPPS動作分を異常時対応調整力から控除する整理も行われています。制度が成熟するにつれ、安全マージンが少しずつ精緻化されていく——という大きな流れの中にある変化と捉えるのが妥当でしょう。
 
一方で、電気新聞の報道によれば、今回あわせて一次調整力の応札拡大に向けた要件緩和も提案されているとのことです。周波数変動にどれだけ敏感に応動するかを示す「調整率」について、現行要件が定まる前から系統に連系していた電源を対象に緩和する内容とされています。
 
募集量は絞りつつ、参加できる電源の幅は広げる。この組み合わせは、供給側から見れば競争環境が厳しくなる方向とも読めます。
 
だとすれば、系統用蓄電池の収益設計は今後ますます「一本足打法からの脱却」が問われることになります。一次調整力に加えて二次・三次、容量市場、卸電力市場、さらには将来の需給調整市場の商品設計変更まで見据えたマルチユース前提のモデル。この記事をお読みの事業者の方なら、すでに取り組んでおられる領域かと思いますが、今回の見直しはその必要性をあらためて裏づけるものと言えそうです。
 


 
まとめ
今回は、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が2026年7月31日に示した一次調整力(異常時必要量)の見直しを、系統用蓄電池の視点から整理しました。
 
要点は3つです。第一に、2026年10月1日から東エリア3社で異常時一次必要量が約300MW削減され、東京・東北合計では平常時分を含めた必要量が948MW → 644MWと約3割減ること。第二に、通年一律だった必要量が月別変動に変わり、しかも需要の小さい5月に最大440MW、需要の大きい1月に最小383MWと、直感とは逆の季節性を持つこと。第三に、必要量の決定要因が「単機最大脱落量」からEPPS送電分(600MW)へ移り、単機最大ユニット容量に依存しない構造になったことです。
 
収益シミュレーションの観点では、通年一定の募集量前提、季節カーブの向き、単機最大容量に紐づくシナリオ分岐——この3点が点検対象になります。また中西エリア(60Hz)は系統安定化システムの制約から当面対象外とされており、東西で市場環境に差が生じる可能性もあります。
 
制度の精緻化は今後も続いていくはずです。数字の裏側にある算定ロジックまで押さえておくことが、次の変更を先読みする力になります。
 


 
情熱電力からのお知らせ
需給調整市場の制度変更は、資料を1枚読んだだけでは影響が見えにくいものが多いですよね。今回の見直しも、削減幅の数字だけを追うと本質的な構造変化を見落としかねない内容でした。
 
情熱電力では、こうした制度動向を継続的に追いかけ、算定ロジックのレベルまで噛み砕いて整理しています。答えを押しつけるようなことはいたしませんので、壁打ち相手が欲しいときにでもお気軽にどうぞ。
 
TEL:0263-88-1183
お問い合わせ:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・電力広域的運営推進機関(OCCTO):第62回需給調整市場検討小委員会
・電力広域的運営推進機関(OCCTO):第10回 将来の運用容量等の在り方に関する作業会
 

スマートメーターで家電を一括制御へ|東電など28年度商用化、家庭のDRが電力市場を変える

 
スマートメーターで家電を一括制御
 
日本経済新聞に「電力メーターで『DR家電』制御 東電など、28年度にも商用」という記事があったので調べてみました。
 
内容をひとことでまとめると、東京電力ホールディングス子会社の東京電力パワーグリッド(PG)をはじめとする送配電3社が、各家庭に設置されているスマートメーターを使って、エアコンや蓄電池、電気給湯器などを「一括で」制御する実証実験を始めた、というものです。2028年度末ごろには一部地域での商用化を目指すといいます。
 
スマートメーターは、すでにほぼ全ての家庭に設置されています。つまり、新しい機器を後から取り付けなくても、全国の家庭がまるごと「電力需給の調整役」になり得るということ。これはエネルギー業界にとって、かなりインパクトの大きい話です。
 
電気を「使う側」だったはずの私たちが、電力システムを支える一員になる。デマンドレスポンス(DR)と呼ばれるこの仕組みは、法人のエネルギーコスト戦略にも直結してきます。今回は、この動きが何を意味するのか、ビジネスの視点から整理してみました。
 


 
目次

 


 

1. 東電など送配電3社が始めた「スマートメーターDR」実証とは

 
まずは、今回のニュースの中身から見ていきましょう。
 
実証を始めたのは、東京電力パワーグリッド、関西電力送配電、中部電力パワーグリッドの送配電3社です。2026年度から、複数のスマートメーターに対して同時に指令を出し、そのスマートメーターが管理する住宅内の複数の家電類を一括制御できるかを検証しています。
 
ポイントは「複数」「一括」という部分です。実は2025年度までの段階で、スマートメーターを介して単体の機器の稼働を調整することにはすでに成功していました。今回はそれを、エリア単位・機器複数台へとスケールアップさせる段階に入った、というわけです。
 
制御の対象として想定されているのは、太陽光発電、電気給湯器、EV充電器、蓄電池といった、家庭にあるエネルギー関連機器です。どれも「使うタイミングを少しずらしても生活に大きな支障が出にくい」ものばかり。ここが重要なところです。
 
 

 従来の家庭向けDRとの決定的な違い

家庭でのDRは、これまでも前例がありました。ただ、従来方式には大きなハードルがあったのです。
 
従来のやり方は、家電メーカーのクラウドから、家庭に設置した専用の通信機器を経由して機器を制御するというもの。つまり、参加する家庭ごとに専用機器を置き、インターネット環境を整備する必要がありました。手間もコストもかかるため、なかなか広がりません。
 
そこで送配電各社が着目したのが、スマートメーターです。
 
・すでにほぼ全ての家庭に設置されている
・旧型も順次、更新時期を迎える
・電気給湯器など、需給調整に使えるあらゆる製品につながっている
 
東電PGの小林直樹・次世代ネットワークイノベーション推進担当部長は、スマートメーターが「電気給湯器など需給調整に使えるあらゆる製品に接続されている」点を利点として挙げています(日本経済新聞の報道より)。
新方式では、送配電各社の共通サーバーからスマートメーターへ指令を送り、そこから各機器を動かします。専用機器が不要になるということは、参加のハードルが一気に下がるということ。ここが今回のニュースの核心です。
 
 

 鍵を握る「第2世代スマートメーター」

この仕組みを支えるのが、2025年度から順次導入が始まった第2世代の次世代スマートメーターです。
 
第2世代には、次のような機能があります。
 
・電力データを5分ごとに計測できる
・「IoTルート」と呼ばれる、エネルギー関連家電との通信機能を持つ
 
一方で、課題もあります。スマートメーターはもともと送受信するデータ量が多くないため、通信容量が限られているのです。実用化にあたっては、この限られた通信容量のなかで検針情報の送信と需給調整の指令を両立できるかが鍵になるとされています。
 
実証では、検針情報の送信とタイミングをずらしてDR指令を出す方法などを試すとのこと。地味に聞こえるかもしれませんが、こうした通信設計の詰めこそが商用化を左右します。
 
また、2026年7月には、再エネの需給を束ねるアグリゲーターのShizen Connect(東京・中央)や、家電を手掛けるパナソニック エレクトリックワークスなどが実証に加わりました。実際の需給調整の場面で、アグリゲーターが求める制御の仕方にシステムや家電そのものが対応できるかを確かめる段階に入っています。
 


 

2. そもそもデマンドレスポンス(DR)とは何か

 
ここで、DRという言葉自体を整理しておきましょう。
 
デマンドレスポンス(Demand Response、略してDR)とは、個人や企業など電力の需要家が、供給事業者の要請に応じて電力の使用量を増減させることを指します。再生可能エネルギーによる発電が広がるなか、その変動を吸収する仕組みとして利用が進んできました。
リアルタイムに電力使用量を監視・制御できるようになったことなどから、電力会社やアグリゲーター(特定卸供給事業者)による取り組みとして広がっています。アグリゲーターの事業者数は、2026年1月時点で136社。ガス事業者や商社なども参入しており、プレーヤーの顔ぶれはかなり多様です。
 
 

 「下げDR」と「上げDR」の違い

DRには、方向の違う2つのパターンがあります。
 
・下げDR:供給量の足りない時間帯に、電力使用量の削減を需要家に求めること
・上げDR:電力が余るときに、使用量の増加を要請すること
 
「節電」のイメージが強いDRですが、実は「もっと使ってください」という上げDRも同じくらい重要です。
 
具体的な手法としては、日本政策投資銀行によると、生活や業務に重大な影響を及ぼさない照明・空調設備などの使用量を減らす「節電」、需要家が工場などの稼働タイミングを調整する「シフト」、系統や自家発電設備からの調達比率を調整する「代替」があるとされています。
 
要請を受けた需要家は、自ら設備を調整する手動式か、IoT機器などで自動制御する方式のいずれかで対応します。今回のスマートメーターDRは、後者の自動制御を、専用機器なしで実現しようという話ですね。
 
参加する側にとってのメリットは、電気料金の割引につながる特典ポイントなどのインセンティブです。一方でアグリゲーターは、DRによって生み出した電力の「調整力」を、需給調整市場や容量市場で売買できます。調整力とは、需要と供給の差を最終的に一致させる供給力のことです。
 
実例もあります。東京製鉄は九州電力と連携し、九州工場で上げDRを実施してきました。太陽光による発電量の増加を背景に、電力会社から事前に要請を受け、稼働予定でない日にシフトを組み替えるなどして最終的に需要を増やした、というケースです。
 
 

 再エネの出力抑制がDRを後押ししている

なぜ今、DRの導入機運がここまで高まっているのか。背景には再生可能エネルギーの拡大があります。
 
電力は需給のバランスが崩れると周波数が乱れ、大規模停電(ブラックアウト)につながりかねません。天候や時間によって発電量が変動する再エネが増えるなかで、電力会社が発電事業者に再エネ発電を抑えるよう求める「出力抑制」の要請頻度は増えています。
 
ただ、再エネの出力抑制は、実質的にせっかく作れる電気を捨てているのと同じこと。発電設備の有効利用という観点では、大きな課題でした。
 
ここでDRを活用できれば、「電気が余る時間帯に、家庭の給湯器やEVに充電しておく」といった形で、再エネを効率よく使えるようになります。捨てるはずだった電気が、価値のある電気に変わるわけです。
 
DRは工場でも取り組みが進んでいますが、手法の一つとして、家庭用ヒートポンプ給湯器やEVなど家庭の機器を制御する手法の注目度が高まっています。数は力、というシンプルな理屈です。
 


 

3. DR市場は35年度に735億円へ 数字で見る成長性

 
では、この市場はどれくらいの規模になるのでしょうか。
 
矢野経済研究所(東京・中野)は、アグリゲーターが市場取引で得る収入と、需要家が電力の需要抑制で得るインセンティブを合算した国内のDR関連市場規模について、2035年度に2023年度比3.4倍の735億円になると予測しています。
 
公表されているグラフから読み取れる推移は、おおむね以下の通りです。
 

年度 DR関連の国内市場規模(億円)
2021年度 約135
2023年度 約215
2024年度(予測) 約230
2025年度(予測) 約255
2030年度(予測) 約430
2035年度(予測) 735

※出所:矢野経済研究所。2035年度の735億円および「2023年度比3.4倍」は公表値、その他の年度は公表グラフから読み取った概数です。アグリゲーターが市場取引で得る収入と、需要家が需要抑制で得るインセンティブを合算したもの。
 
注目したいのは、2025年度から2030年度にかけての伸びです。ここで市場が一段跳ねる想定になっていますが、まさにこの時期に、今回のスマートメーターDRの商用化(2028年度末ごろ)が重なります。
 
さらに制度面でも追い風があります。これまでDRによる調整力の市場取引は、大型の工場や蓄電所など電力量の大きい特別高圧・高圧由来に限定されていました。経済産業省は2026年度に、一般家庭など低圧からの電力にも解禁する見通しとされています。
 
「家庭の電気も市場で取引できるようになる」。この規制緩和と、スマートメーターという全国共通のインフラ。この2つが噛み合ったとき、家庭DRは一気に現実味を帯びてきます。
 


 

4. 商用化までのロードマップと、残された課題

 
 

 27年度フィールド実証、28年度末に商用化へ

 
今後のスケジュールを整理してみましょう。
 

時期 内容
~2025年度 スマートメーターを介して単体機器の稼働調整に成功
2026年度 送配電3社が複数機器の一括制御の実証を開始。7月にアグリゲーターや家電メーカーも参加
2027年度 実際の顧客宅のスマートメーターを使ったフィールド実証へ
2028年度末ごろ 一部地域での商用移行を目指す

※日本経済新聞の報道をもとに作成
 
実証では、送配電3社で共通のサーバーや家電の制御方式を構築します。将来的には全国で仕組みを共通化することを見据えており、広域にまたがるエリアでも需給調整の指令を出しやすいよう、エリアごとの垣根をなくす方針です。
 
一方、共通化で課題になるのがセキュリティー面。仮に一部エリアでウイルスによるサイバー攻撃を受ければ、被害が全国に広がる恐れがあります。そのため、共通のサーバーを用いながらも、ウイルス攻撃はエリアごとに遮断できる仕組みなどを構築するとしています。全国の家庭のエネルギー機器につながるインフラですから、ここは慎重に進めてほしいところですね。
 
なお、国の第7次エネルギー基本計画にも、スマートメーターを使った需給調整を目指す方針が示されています。国としても家庭の電力需給調整力への期待は高い、ということです。
 
 

 誰がコストを負担するのか

技術面のめどが立ちつつある一方で、制度面には課題が残っています。最大の論点は「お金の流れ」です。
 
スマートメーターを介した家庭向けDRを実施した際の、資金回収の仕組みにまだメドが立っていません。
 
・アグリゲーターが送配電会社にシステムの利用料金を支払う案 → アグリゲーターの負担が増せば、需給調整の拡大に支障が出る恐れ
・送電網の使用料として徴収する「託送料金」に上乗せする案 → 託送料金は顧客の電気料金が原資のため、国民に負担を強いることになる
 
どちらにも一長一短があり、今後、政府による制度設計の議論が必要になるとされています。
 
技術ができても、ビジネスとして回る設計になっていなければ普及しません。このあたりの議論の行方は、電力を調達する立場の企業にとっても他人事ではないでしょう。
 


 

5. ビジネスパーソンが今から押さえておきたい3つの視点

 
最後に、この動きをビジネスの文脈でどう捉えるか、3つの視点で整理します。
 
まず1つめは、「電力コストは、使う量だけでなく使うタイミングで決まる時代になる」という視点です。DRが広がるということは、同じ電力量でも「いつ使うか」で経済的価値が変わるということ。すでに工場では上げDRの実例がありますが、この考え方はオフィスや店舗にも徐々に降りてきます。自社の電力使用パターンのうち、どこがずらせてどこがずらせないのか。今のうちに把握しておく価値は十分にあります。
 
2つめは、「設備投資の判断軸が変わる」という視点です。ヒートポンプ給湯器、蓄電池、EV充電器といった設備は、これまで省エネや脱炭素の文脈で語られてきました。しかし今後は、DRに参加してインセンティブを得られるかどうかが、投資回収の計算に組み込まれてくる可能性があります。専用の通信機器が不要になれば、参加コストはさらに下がります。
 
3つめは、「制度の議論を追っておく」という視点です。低圧の市場解禁、託送料金の扱い、資金回収の仕組み。これらがどう決着するかで、企業や家庭が受け取れるメリットの大きさは変わります。エネルギー関連の意思決定に関わる方は、経済産業省の審議会資料などをときどきチェックしておくと、判断のスピードが変わってくるはずです。
 
私たち情熱電力が拠点を置く長野県松本市のような地域でも、太陽光発電や蓄電池を導入されているお客様は着実に増えています。「作った電気をどう使い切るか」という発想は、これからますます重要になっていくと感じています。
 


 
まとめ
東京電力パワーグリッドなど送配電3社が、家庭のスマートメーターを使って複数の家電を一括制御するデマンドレスポンス(DR)の実証を始めました。2027年度には実際の顧客宅でのフィールド実証に進み、2028年度末ごろには一部地域での商用化を目指すとしています。
 
ポイントは、すでにほぼ全ての家庭にあるスマートメーターを使うため、専用の通信機器が不要になること。第2世代の次世代スマートメーターは5分ごとの計測とIoTルートによる家電通信に対応しており、参加のハードルが大きく下がります。
 
背景にあるのは再エネの拡大です。天候で変動する再エネが増え、出力抑制で電気を捨てざるを得ない場面が増えるなか、家庭の給湯器やEVを需給調整に使えれば、再エネを効率よく活かせます。矢野経済研究所は、DR関連の国内市場規模が2035年度に735億円(2023年度比3.4倍)になると予測しています。
 
一方で、資金回収の仕組みなど制度面の課題は残ったまま。技術と制度の両輪がそろったとき、家庭も企業も「電気を使うタイミング」で価値を生み出せる時代が来ます。今から自社の電力の使い方を見直しておくことが、その準備になるはずです。
 


 
情熱電力からのお知らせ
デマンドレスポンスのような新しい仕組みが広がっても、出発点になるのは「自社が、いつ、どれくらい電気を使っているか」を正しく知ることです。
 
株式会社情熱電力では、電力の使用状況の見える化から、料金プランの見直し、太陽光や蓄電池を導入された場合の電気の使い方のご相談まで、お客様の状況に合わせてご案内しています。専門用語をできるだけ使わずに、わかりやすくお伝えすることを大切にしています。
 
「うちの使い方だとどうなるんだろう?」「今のプランのままでいいのかな?」——そんな段階のご相談でも大歓迎です。気になる方は、お気軽にお声がけください。
 
TEL:0263-88-1183
お問い合わせフォーム:https://jo-epco.co.jp/contact
 
 
この記事に関連するページリンク
・NIKKEI GX:電力メーターで「DR家電」制御 東電など、28年度にも商用
・NIKKEI GX:【デマンドレスポンス】電力需要家、要請受け使用量調整
・資源エネルギー庁:第7次エネルギー基本計画
・資源エネルギー庁:VPP・DRの活用 ネガワット取引